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名匠のスペシャリテ「オ・グルニエ・ドール」西原金蔵さん


時代を超えて愛され続ける名匠のスペシャリテがある。
連載第31回目は、京都・錦市場近くの洋菓子の名店「オ・グルニエ・ドール」のオーナーパティシェ・西原金蔵さんと、「ビラミッド」。

パリ・チュイルリー宮殿跡に、中世からの歴史を刻むルーヴル美術館。その中庭に1989年3月、忽然と姿を現した光輝くガラスと鉄の「ピラミッド」。このエントランスを見上げながら、36歳の私は感動に震えました。この記念すべき日のセレモニーを担当したのは、私の師アラン・シャペルさんでした。私は「厨房のダ・ヴィンチ」と言われたシャペル師の横で、ただ立ち尽くしていました。
この幸運に恵まれたのは、私がリヨン近郊・ミヨネー村の「アラン・シャペル」で製菓部長を務めていたからですが、シャペルさんとの出会いは、日本でした。

26歳でパリに渡った私は、大統領杯を競う大きなコンクールのピエス・モンテ(飾り菓子)部門で銅賞を獲得。これが手土産になったのでしょうか。帰国後は、神戸ポートピアホテル内にオープンした「アラン・シャペル」で働くことになり、シャペルさんから「ミヨネーで専属パティシエとして働かないか」とお誘いを受けたのです。

今も鮮明に思い浮かびます。シャペルさんとともに見たあの「ルーブルのピラミッド」は、中世と未来が融合した「現代」の象徴でした。中国人の建築家イオ・ミン・ペイの斬新なアイデアを採用したフランス人の審美眼にも感銘を受けました。

アラン・シャペルさんの料理哲学が私をつくった


この感動を、私のケーキで表現したい。しかし、シャペルさんに「私のピラミッド」を味わっていただくことは叶いませんでした。この翌年、シャペルさんは52歳の若さで急逝。その1年後の1991年、日本におけるフランス料理の第一人者ジャック・ボリー氏に招かれて、私は資生堂パーラーの総製菓長に就任したのです。

そうです。「ルーブルのピラミッド」から着想したケーキを実現させるチャンスが巡ってきたのです。ピラミッドを手掛けた頃は、ケーキは今の半分ほどもない小さいサイズが主流で、もちろんピラミッド型のケーキなど見たこともありませんでした。何とかピラミッド型のプラスチックを見つけ出し、試行錯誤を繰り返し、やっとチョコレートムースを完成させました。ところがこのケーキをショーケースに並べると、表面に小さな水滴ができてしまう。これを解消するためにピストレ(ケーキのまわりにつける装飾)を吹き付けると、表面に凸凹ができて水滴は解消されました。

銀座の資生堂パーラーのショーケースにピラミッドが並んでから13年。現在、このチョコレートムースは、私の店、京都の錦市場の近く、堺町通りにオープンした「サロン・ド・テ・オ・グルニエ・ドール」で、さまざまな洋菓子とともに、皆さまに親しんでいただいています。そして、つくづく思います。私の菓子作りのベースになっているのは、アラン・シャペルさんの料理哲学だと。
シャペルさんはその著書『料理、それはルセットをはるかに超えるもの』で示されています。誰のために作るのか、素材の大切さを知る。その素材を活かした味の創造をする。そしてそれを、過去の経験による技術で形にしていく―。このシャペルさんの料理哲学に深く影響を受けたからこそ、今の私があるのだと思っています。

ピラミッド
アラン・シャペル氏に同行し、ルーヴル美術館のエントランスが完成した際のレセプションに参加したときの感動が着想となった。センターのムースのショコラ、生地の中のショコラ、形を整えるショコラ、表面に吹きかけたショコラ。この4種のショコラが口の中でとろけながら、絶妙なハーモニーを奏でる。

西原金蔵 Kinzo Nishihara
1953年、岡山県に生まれる。19歳で京都グランドホテルに入社。その後、辻調理専門学校で学び、26歳でフランスへ。パリのレストラン「レカミエ」などで修業。第30回アルバジョンコンクールと、コミテ アンテルナショナル ガストロノミード フランスの2つのコンクールで銅賞を得て帰国。神戸ポートピアホテル内のレストラン「アラン・シャペル」で製菓長を務めた後、リヨンの「アラン・シャペル」で製菓長を務める。帰国後「ホテルオークラ神戸」の開業スタッフとして勤務。1991年、資生堂パーラーの総製菓長に。2001年に「オ・グルニエ・ドール」をオープン、独立する。

text 長瀬広子   photo 伊藤 信

本記事は雑誌料理王国2014年12月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2014年12月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。

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