例えば、牛テールの下味に、白胡椒は振るものの、塩は加えない。肉に含まれる血の塩分で十分だ、と考えているからだ。ルセットはなく、実はソースも、気候によって、ビネガーを入れたり、入れなかったりと、日によって変わる。「その日の自分の舌にしっくりくる、正直な料理を作っています。料理人の『腕』の究極は『舌』だと思うのです」。
そんな真っ直ぐな思いがそのままに反映されている。
水は水分調整にわずかに使うのみ、たっぷりのワインを使う。
煮汁はさらに煮詰めて、自家製フォンドボーと共にソースに。
しっかり詰めるため、えぐみを出さないよう、焦げ目の付け方は控えめにしている。
200度のオーブンで10分間ほど、何度か煮汁をかけながら仕上げていく。
「こんな姿を見ているとね、ベルナール(ランブロワジーのパコー氏)と仕事をやっていた時をふっと思い出すんです」。
渡仏した当初、フランス食材の味を舌と心に刻み付けようと、どの職場でも一番食べた。「いつかこの料理を自分のものにしたい」という思いを原動力に、今日も厨房に立ち続けている。
斉須さんの心の中には、常にこうした料理の理想形が存在し、「同じ料理」を出すためには、常に異なったアプローチが必要だと考えている。それは、料理は「生き物」だから。食材の状態は毎日変わり、特に最近は「野菜も、甘味ばかりが追求されていて、本質的なうま味が足りなくなっている」ので、常に微調整し、理想のバランスに近づける。
「食材だけでなく、何よりも食べる人、僕自身の味覚も変わっている。それは、皆、生き物だからです。これまでの経験と照らし合わせながら、生き物である食材の『この瞬間だ』という尻尾のようなものを捕まえようとして毎日やっています」。
今日も、SNSのタイムライン上には、数限りない、世界中の「新しい」料理が流れてくる。近年、ファッションのように「トレンド」があり、移り変わる美食の世界。もちろん、良い面もたくさんある。でも、それらの料理は、どれだけの時間、作り続けられてきた、あるいはこれから作り続けられるのだろう。
一つの料理と向き合い続ける斉須さんの料理は、生き物である人間が食べる本質的な「食」の根源を、問いかけているともいえるだろう。
斉須政雄/1950年生まれ。1973年よりフランスに渡り、多くの三つ星レストランで働き、1981年ベルナール ・パコー氏と共に「ランブロワジー」を開店、後に三つ星となる礎を作る。1986年にオープンした東京「コート・ドール」で、オーナーシェフとして今も毎日厨房を率いる。
著書に「調理場という戦場」(幻冬社)
「十皿の料理」(朝日出版社)「メニューは僕の誇りです」(新潮社)など。
東京都港区三田5丁目2-18
三田ハウス1階
TEL 03-3455-5145
12:00~14:00(LO)
18:00~20:30(LO)
月・第2・第4火休
text: Kyoko Nakayama photo: Yoshiko Yoda
本記事は雑誌料理王国319号(2021年12号)の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は319号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。