料理人を志したこの一皿「上野毛 吉華」久田大吉さん


つらかったことなんてないです。ずっと、この道に進むって決めていたから

中国料理の腕の決め手は「炎の使い方」とよく言われますが、私は「包丁の冴え」も、とても大切だと思っています。

「雲白肉」は薄切りの豚肉に同じく薄切りのキュウリを添えたシンプルな料理ですが、肉をきれいに切らないと口の中でパサつくし、切りながらいかに無駄なく使うかということも考えなくてはならない。「頭」と「腕」の両方の力量が表れるひと皿なんです。

シンプルな料理は自信がないと出せないもの

「紙に書いたものはいつか消えてしまうけれど、頭と腕に身についたものはずっと残る」と修業時代から自分に言い聞かせてきました。高校生で料理の道に進むとはっきり決め、卒業後の1964年に陳建民師匠の「四川飯店」で修業を始めましたが、当時の従業員は、私以外全員中国人で、日本語は禁止。最初はメモを取ることもおぼつかないので、レシピは先輩の作業を盗み見て覚えました。朝は誰よりも早く厨房に入り、お店が終わったあとはゴミ出しのふりをして店に居残ります。そして、野菜くずを集めて包丁の使い方を練習しました。おかげで、2年後にはこの「雲白肉」も作らせてもらえるようになりましたよ。結局、独立まで年間勤めました。

つらいと思ったことなんてなかったです。自分の選んだ道には自信があったから。

自信がないと、料理に高価な材料を使ったりして、違う方向でお客様を驚かせてみようとするでしょう?それは違いますよね。包丁はね、邪心がない、心がきれいでないと握ってはいけないものなのですよ。

雲白肉ウンパイロウ

ゆでた豚バラ肉は温かいうちにごく薄切りに。肉と脂肪が口の中で自然にほどけてニンニク風味のたれと調和し、キュウリが爽やかに香る。夏空を漂う雲のような味わいは、料理名の由来でもある。淡々として繊細、かつ複雑なこのひと皿は、久田さんの性格を体現しているかのよう。

Daikichi Hisada
1944年長崎県生まれ。高校卒業後より料理人を志し、63年に東京・六本木の「四川飯店」に入社。陳建民氏の下で修業する。85年、東京・上野毛に「上野毛 吉華」を独立開業。以来、同店は優れた料理人を多数輩出していることでも名高い。93年に暖簾分けした「自由が丘 吉華」がオープンしている。

text : Yukako Ito /photo : Haruko Amagata

本記事は雑誌料理王国2011年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2011年3月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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