日本でも広く親しまれているフランス産チーズ。そのまま味わうだけでなく、料理の食材としてもさまざまな可能性を秘めている。では、フランス料理の技法と組み合わせると、どのようなひと皿が生まれるのだろうか。今回は、「ジョンティ アッシュ」のシェフ平野敬祐さんに、フランス産牛乳製チーズを使った料理を考案してもらった。
フランス産牛乳製チーズの魅力は、その多様性にある。土地ごとに異なる気候や風土、牛の品種や餌となる牧草、受け継がれてきた製法。こうした「テロワール」と職人の技が、チーズに固有の個性を与えている。
さらに味わいを左右するのが熟成だ。例えばコンテは、若いうちはミルクの甘味が感じられ、熟成が進むにつれてナッツのような香りや凝縮したうま味が生まれる。同じチーズでも熟成期間によって風味や食感が変わり、異なる表情を楽しめるのだ。熟成士の手によって磨き上げられたその味わいは、土地の自然と人の営みが生み出した、ひとつの完成された食文化といえる。

チーズの楽しみ方は、季節や組み合わせによっても広がる。例えば夏、青々とした牧草を食べた牛のミルクには、その季節ならではの風味が宿る。また、暑い時期にはフレッシュチーズに果物やハーブを合わせ、爽やかに味わう楽しみ方もある。
ペアリングもワインだけに限らない。ブリー・ド・モーに桜の葉とウーロン茶、ルブロションに花椒と白ワイン…。日本やアジアの食材との意外な組み合わせが、チーズの新たな魅力を引き出してくれるのも、これまでに紹介してきた通りだ。
そして、その可能性は料理へと広がっていく。乳脂肪のコクやなめらかな食感、発酵・熟成によるうま味や香り。完成された味わいを持つチーズを、ひとつの食材として料理に取り入れることで、どのような表現が生まれるのだろうか。
「チーズ、大好きなんですよ」と、平野さん。「今日使ったチーズでいえば、ルブロションはとくに好きで、レストランに行くと必ず食べます」。
一方でその食べ方は”そのまま”というばかりで、これまで食材として料理でチーズを使うことは、ほとんどなかったという。
「チーズは加工品ですので、やはり作り手の意思やフィロソフィーが描き出された完成品。それを使って料理を仕立てることに、少し抵抗を感じたのも正直なところです」。それだけに今回の企画は、「自分としてもチャレンジングな取り組みでした」と振り返る。
しかし、料理に取り入れてみたことで、チーズならではの独特のうま味や香りが、料理に新たな広がりをもたらすことを実感したと語る。「矛盾するようですが、食材としての利用価値はものすごく高いと感じました」。

今回、平野さんが使用したフランス産チーズは、白カビタイプの「シャウルス」、非加熱圧搾チーズの代表格「ルブロション」、青カビタイプの「ブルー・デ・コース」の3種。いずれもAOP(原産地呼称保護)認定の牛乳製チーズだ。料理に合わせても「破綻しないであろう」穏やかな味わいのチーズを選んだという。
料理では、それぞれのチーズの産地や製法に由来する特徴を反映しつつ、しっかりと手を加えた。「普段食べる感覚を表現するのであれば、そのまま食べた方がおいしいはず」と、あえて原形を残さず、それぞれのチーズを料理の中でどう展開できるかを探った。

シャウルスは毛ガニと合わせ、小さなタルト仕立ての前菜に仕上げた。「今回、もうひとつのテーマとして、合わせるお酒ありきで考えました」と、ソムリエ資格を持つ平野さんらしいアプローチだ。
シャウルスはシャンパーニュ地方で造られるチーズ。「やはりシャンパーニュに合わせたいと考え、アミューズブーシュが思い浮かびました」。シャウルスのクリーミーでやわらかな風味が、毛ガニの繊細なうま味を引き立てる。
シャウルスは塩味や風味がやさしく、「組み合わせには最も自由度が高いチーズの一つだと思います。今回は海産物に合わせましたけれども、鶏肉やほろ苦いアンディーブなど、各々が思う組み合わせで楽しめそう」。

温めた牛乳を葛粉でとろみをつけ、ゼラチンを加えた液体を60〜70度に温めておく。そこに細かく切ったシャウルスを加え、バーミックスで溶かし込みながら撹拌していく。
「それがチーズと毛ガニの橋渡しになります。いくらシャウルスが穏やかなチーズだとはいえ、そのままだとどうしても塩味が強すぎますから」。牛乳と合わせて塩味や風味を穏やかにし、さらに裏漉しすることで外皮の硬い部分をある程度取り除き、シャウルス特有のなめらかな質感を際立たせた。
「口の中に残った塩気をシャンパーニュで洗い流し、なおかつ風味の余韻もきれいに溶け合っていくような設計をしました」。

まろやかな味わいのルブロションと組み合わせたのは、地鶏の川俣シャモだ。「鶏の繊細なうま味を引き立てるための土台としてルブロションを使用しました。鶏とチーズ、繊細なうま味同士を合わせることで、互いに引き立て合うように仕立てています」。
ルブロションは、ラヴィオリとソースに使用。「ヴァン・ジョーヌがルブロションのフレーバーと非常に相性がよく、チーズの香りと風味をより際立たせます」。
ラヴィオリの中には、マッシュルームを細かく刻んで炒めたデュクセルとトリュフ、カットしたルブロションを包む。「普段、僕の料理ではあまりやらない方法ですが、チーズの塊がとろっと変化する形にしました」。


ソースは、エシャロットとマッシュルームをエチュベ(蒸し煮)した後、ヴァン・ジョーヌを加えて煮詰める。そこにブイヨン・ド・ヴォライユ(鶏のブイヨン)を合わせてさらに煮詰め、生クリームを加えたものをベースに、ルブロションを溶かし込んだ。仕上げに再びヴァン・ジョーヌを加えて香りを立たせる。
「複合的な旨味が楽しめるひと皿です。フランス料理ではあまり発酵調味料を使わないのですが、チーズを使うことで発酵由来のうま味を料理に加えることができます。日本人はとくに発酵調味料に慣れ親しんでいますので、親しみの持てる味わいを感じていただけると思います」。


ブルー・デ・コースの料理では、「お酒のアテをイメージしました」と平野さん。「ちびちびとワインと一緒に味わって、ゆっくりと時間を過ごしていただけるような冷前菜に仕上げました。マクヴァン・デュ・ジュラや甘口のジュラワインと、相性がいいかなと思います」。
ブルー・デ・コースは、ブルーチーズの中では辛味も塩味も穏やかだが、それでも塩味はしっかりとしている。一方で、口に入れた瞬間に感じる乳脂肪のクリーミーな口溶けも魅力。チーズの濃厚なコクを残しながらも、後味は牛乳製らしくすっきりと抜けていく。
そこで、ブルー・デ・コースを赤ワインで煮込んだ牛頬肉と寄せ木細工のように組み合わせることで、口の中でチーズの乳脂肪と牛肉のゼラチン質がより早く溶け合い、一体感のある風味を楽しめるように仕立てた。

加えて、ブルーチーズならではの“らしさ”を見た目にも残すことを意識した。「ブルーチーズの特徴の一つに、青カビの入ったマーブル模様があります。それをきちんと料理の中にも入れて、ひと目見てブルーチーズを使っているとわかる形にしたかった」。
一方、ブルーチーズは製法上、内部に空洞ができやすく、そのままスライスしてプレスすると崩れてしまう。そこで、一度軽く刻んでから真空にかけ、シート状に伸ばした。細かく混ぜすぎればマーブル模様が失われるため、青カビの模様が美しく残る加減を探りながら仕上げたという。

3種のチーズを料理に仕立てた今回の試みを通して、平野さんが改めて感じたのは、チーズを使う目的を明確にすることの大切さだったという。
「手をかければかけるほど、僕が感じている“そのチーズらしさ”は薄れていくように感じました。その一方で、料理としては面白みが増していく。それも今回の発見でした」
チーズを起点に料理を組み立てると、チーズをそのまま味わったときの個性が失われてしまうこともある。一方、料理にとっては、チーズという要素が加わることで、味わいに複雑さや広がりが生まれる。チーズを愛する平野さんにとって、そこにはまだジレンマが残るようだ。
「まだ、どこか片思いのような結末な気がしています。今回、料理にとっては非常に幸せな結末に至れましたが、チーズにとっては果たしてどうなのだろう、と。両思いになるような落としどころが必ずあると思いますので、それは今後の自分の課題にしたい。まだまだ探求の余地あり、というところですね」と、笑顔を見せた。

平野敬祐(ひらの けいすけ)
1990年、静岡県生まれ。調理師学校卒業後、東京・恵比寿『ジョエル・ロブション』で5年半勤務し、JSAソムリエ認定試験にも合格。2016年に渡仏し、ブルゴーニュ地方のミシュラン一つ星『Le Carmin』で研鑽を積む。帰国後、2018年に『ジョンティ アッシュ』料理長に就任。

Gentil H(ジョンティ アッシュ)
東京都港区白金台5-18-17ゴールドフォレストビル2F
TEL 03-5447-8889
12:00〜15:00 (L.O.13:00)
18:00〜23:00 (L.O.20:00)
火・水を中心に月8回休み
text photo: Yuki Kimishima

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