食の未来が見えるウェブマガジン

【広東名菜 赤坂璃宮】進化し続ける名物料理 フカヒレの奥義とは?


中国料理のトップシェフとして走り続けてきた「赤坂璃宮」総料理長、譚彦彬さん。 60年近いキャリアのなかでも、とくに思い入れが深いのがフカヒレ料理だ。その料理から浮かび上がる、譚流哲学、そして伝承したい技とは?

中国料理界の重鎮ながら、穏やかな語り口で笑顔が絶えない譚さん。若手を伴って他店で食事をしたり、スタッフを他ジャンルの店に研修に送り出したりと、柔軟な姿勢で後進の料理人たちを導いている。

常にさらなる高みを目指して今もひたむきに追求し続ける

フカヒレを扱うことが料理人を続ける契機に

16歳で新橋「中国飯店」に入りキャリアをスタートさせた譚彦彬さん。 その厨房には、地元の中華街でも見たことのなかった高級食材「フカヒレ」があった。「なんだ、これは?と思いましたよ。目にしたことがないから」。下積みの持ち場は、白菜やネギについた泥を落とし、きれいにすること。フカヒレは、触らせてももらえなかったという憧れの食材だった。やっと手に取ることができたのは、24歳の時。「俺もやっとフカヒレに触れるようになったんだと感慨深かったです」と振り返る。同時にそれは、譚さんが「料理人」という仕事を続けていこうと覚悟を決める契機となった。

「最初の店に飛び込んでしばらくの間は、ひたすら野菜を切ったり、鶏をさばいたりの日々。その後、芝『留園』では点心のポジションで修業を積みましたが、実は、24歳になるくらいまで、いつコックを辞めてやろうかという思いを抱えていました。辞めなかったのは、当時ほかに行くところがなかったからです(笑)」

ほかの人より早くフカヒレを触らせてもらえたことも自信につながり、料理人の道を歩む決意を固めた譚さん。その後、名店の副料理長、料理長を歴任し 「赤坂璃宮」オーナーシェフとなったのはご存知のとおりだ。

次ページ:譚さんの「哲学」と若手へのアドバイス


SNSでフォローする