変革を恐れずに信じた道を突き進む。そんな川手さんの歩みはスピード感に満ちている。30歳で独立後、早々と店を軌道に乗せたかと思えば、6年後には厨房とホールの境を取り払った新しいスタイルの店に大転換。「食」に携わる者の責務として、フードロスといった社会問題に目を向けつつ、昨年からは、海外のシェフと輪を結ぼうと、月に1度のペースでコラボ―レーションを始めた。店に訪れるゲストを誠心誠意もてなしつつ、海外からシェフを招いたり、自らも〝遠征〞に出掛けたり。目の回るような忙しさだ。その原動力は何か――。
常に物事をワールドワイドにとらえようとするから行動を起こさずにはいられなくなる。そんな川手さんのひたむきさが共感を呼び、「自分も何かすべきではないか」というシェフたちの想いが、今回、ベストシェフ部門3位という結果を導き出したのだろう。
海外のシェフとともに「食」の未来を考える
レストランのオーナーにとって、店やスタッフを守ることは重要だが、料理の世界を俯瞰することで見えてくる別の課題もある。50年、80年後の食料事情はどうなっているのだろうか、その時のレストランは。すると否応なく、フードロスやフードバンクの見直しなどという課題が浮き彫りになってくる。川手さんが海外シェフとの交流に積極的なのは、情報交換のためだけでなく、同じように問題意識を持つ人たちと一緒に、未来を考えたいからだ。
204人のシェフが選んだワケ!
関川裕哉さん 「クリマ」(北海道)
食を通じて、世界の問題を知り、料理人が考えていかなければならないことを行動で示している
日本人は海外で修業をしても、「独立は母国日本で」というのが一般的。しかし、海外のシェフたちは、必ずしも母国で独立するとは限らない。世界中で研鑽を積んだ後は、自分の価値観でさまざまな国へと巣立っていく。選択肢が多い分、しっかりとした考えが求められる。だから骨太でグローバルな考え方ができるのではないか。「日本人は、スタートの段階からすでに遅れをとっているのかもしれません」と言う。
雇用にしても〝遅れ〞は否めない。シンガポールや台湾のシェフたちが外国人スタッフをごく自然に受け入れているのに対し、日本ではまだ、そこまでに至っていない。そんな中、川手さんは、「僕たちが海外で働かせてもらった恩返し」と、アメリカやイタリア、アジアからのスタッフも積極的に受け入れている。
204人のシェフが選んだワケ!
中東俊文さん「エルバ・ダ・ナカヒガシ」(東京・広尾)
フレンチと和食の境を関係なしに、独創性豊かに表現している。
社会を見つめる目と
想像力を鍛えていきたい
昨年5月には、佐賀県有田で開催された「世界料理学会 in ARITA」で、「2100年にはレストランがなくなる」という、フードロスに関する内容の発表を行った。その後、「カカオと児童労働をテーマに学会発表させてほしい」とカリフォルニアやシドニーはじめ10カ所ほどの学会に手紙を送り、カリフォルニアからは許諾の返事が届いた。「欧米各国でフェアトレードなど、さまざまな取り組みをしていますが、何も改善されてはいない。弊害となっているチョコレート工場の問題点等を洗い出しつつ事実を伝えたい」と意欲を見せる。「普通、学会発表にはコネクショクが必要ですが、僕には何のコネクションもない。それを築くまで待てないので、直接手紙を出しました」
川手さんがこんなふうに世界を見つめる目を持っているのは、常にチーム力を大切にしているからだろう。「自分には特別な技術もセンスも言葉もない。だからスタッフの力を借り、一丸となって総合力で闘うしかないんです。総合力では負けない。どこの店よりゲストを楽しませてみせます」。物事をトータルに考えようとするから、何が足りなくて、問題はどこにあるのかがわかるのだ。
海外シェフとのコラボには、最初は「僕のような者が海外に出てもいいのか」と躊躇もした。しかし、挑戦してみて、自分の店だけでなく、日本からの情報発信のためにも不可欠であったと気付かされた。実際にコラボしたベルギーの三ツ星シェフ、ヒェルト・デ・マンガレール氏は、「川手さんが非常に食材を大切する点に共感した。また、下処理の丁寧さや発酵など、技術面で刺激されることも多かった。僕は日本、川手さんはヨーロッパに目を向けて仕事をしてきたが、同じ哲学をもっているから通じ合える」と語った。
一方で、日本が抱えるさらなる問題も見えてきた。「今、日本人シェフが世界で評価されている理由は、おいしい料理が作れるから。そこがさまざまな賞の表彰理由にもなっているが、もっとクリエーションの部分を評価する動きが必要ではないか」と分析する。器用さや技術だけで勝負するのは限界がある。「創造性を磨かなくては」。これは自分自身を鼓舞する言葉でもある。ほかにも問題は多いが、努力すれば必ず道は開ける。その糸口を広く世界に求め、川手さんはこれからも前向きに歩み続けるだろう。
甘鯛 カブ セリ
甘鯛のウロコ焼きに、ビールで炊いたカブとアイスクリームを添え、菜種油で風味付けしたシンプルながら魚と野菜の旨味が活きたひと皿。カリカリに仕上げた魚のウロコは、海外のゲストにも好評。
フロリレージュ 2016年の飛躍
29 Feb 「アジアのベストレストラン50」で「注目のレストラン賞」を授賞
19 Mar 神宮前移転から1年
03 May 「世界料理学会 in ARITA」でフードロスについて発表
01 Jun 台湾・台北でアンドレ・チャン率いる「RAW」とコラボレーション。海外レストランとのコラボは、これが初めて。
01-03 Jul 台湾・台中の「Le Moût」で、日本の「レフェルヴェソンス」とともにコラボレーション
27 Aug 韓国・ソウルの「Mi ngl es」でコラボレーション
06 Sep 「世界料理学会 in HAKODATE」で発表
01 Oct ベルギー・ブルージュ「Hertog Jan」で、コラボレーション
24-27 Nov フロリレージュでベルギー・ブルージュの「Hertog Jan」とコラボレーション
19-20 Dec フロリレージュで台湾・台北の「RAW」とコラボレーション
上村久留美=取材、文 石井宏明=撮影
本記事は雑誌料理王国2017年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2017年3月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。