日本料理の名店を訪ねる「かんだ」


東京・元麻布
「かんだ」神田 裕行

目と手と気持ちが届く店をコンセプトに17年

ミシュランガイドの日本上陸時から14年間、三つ星を獲得し続ける「かんだ」。そんな重要なタイトルを持つにも関わらず、主人の神田さんが纏う雰囲気は常に軽やかだ。カウンター越しに生み出される料理も、腹の底から「旨い」と思わせる力強さと現代的な洗練を併せ持つ。

桃胡麻豆腐の黄金ゼリー掛け
コースの冒頭に提供する一品。フレッシュな桃に、胡麻豆腐を裏漉しして作るペーストをたっぷりとかけ、だしのジュレを盛り付けた。桃のジューシーさと甘み、胡麻豆腐のペーストのクリーミーさに、ひんやりとした出汁ジュレが重なる。口の中でジュレが溶け、他の味と混じり合い、変化が生まれる。器はイギリスのアンティークを使用。

東京・麻布の閑静な住宅街の一角、ビルの1階に位置する「かんだ」。入り口はごくつつましやか。この場所で、自由な感性で料理に向き合う神田さん。実は20代の頃にパリの日本料理店で料理長を任されたという、異色の経歴を持つ。その外側からの視点が、「日本料理とは何か」という永遠の問いに、より深く自らを向き合わせることになった。

カウンターを備えた室内デザインはごくシンプル。日本料理店らしからぬ、和の装飾要素すら排した空間に驚くが、そのまっさらな空間で料理が最大に映える。

東京を代表する日本料理店でありながら、あくまでもさりげなく店を構える「かんだ」。しかしその中で生み出される料理は、静かながら圧倒的な個性を備えている。――現代的なセンスに貫かれた、それでいて日本料理の芯を捉えた構成。軽やか、かつ鮮やかな味の取り合わせ。いずれも神田さんの感性と技術があってこそ、実現する料理だ。

さらに神田さんの料理は、感性と技術だけでは作り得ない深みも帯びている。その所以となっているのは、日本料理に対するストイックな洞察、「日本料理は、日本固有の食材と、日本人の美意識を骨格としている」だ。「たとえば、旬を食べるということ。夏なら『待ちに待った鮎の季節。よく焼けているので頭から食べよう』、秋なら『松茸の香りがたまらない』といった感覚は、日本人だからこそ持つものでしょう。作る人、食べる人に食に関する共通概念がある。これが日本料理の基本だと思います」。

しかし同時に「これが日本料理だ!」と押し付けてはいけないとも言う。「たとえば海外のお客さまは、鮎や松茸といった〝日本人の共通概念〞が要求される素材より、マグロや和牛といったキャッチーな素材を好まれることが多い。であれば、日本だから手に入るそうした素材の〝本物〞を用いた料理をお出しします。日本での食経験がないからこそ、日本料理を食べることを楽しみに来日する方もいらっしゃる。そうした方々にも満足していただきたいのです」。

そんな姿勢で長きにわたり、一人一人のお客さまに寄り添ってきた。コロナの影響で去年から海外のお客さまの来店はほぼなくなり、日本人客のみを迎える日が続いている。

「実は最近、久しぶりに〝日本人向けの日本料理〞に集中でき、料理のブラッシュアップが進んでいます。意図した展開ではありませんが、新鮮な感覚ですね」と笑う。

こうして改めて日本料理に向き合う日々を過ごしているが、実は来年の2月、虎ノ門ヒルズエリアに竣工するビルの1階に「かんだ」を移転する予定だ。内装デザインを担当するのは、世界的アーティストの杉本博司さん。日本の伝統的な美意識を表現に取り入れ、かつ食への造詣も深い杉本さんと神田さんは出会ってすぐに意気投合したという。そんな二人が作り上げる店は日本独特の洗練にあふれる空間となるはず。神田さんの料理と存分に共鳴することだろう。

そしてこの店では、神田さんは10年間だけカウンターに立つと決めている。「私も今58歳で、料理人人生も40年。集大成の料理をここから10年間、頑張ってやりたいと思っています」。

新しい店で、充実の時を思いきり表現する神田さん。私たちはその10年間で、日本料理の深化を目の当たりにするに違いない。

シャッ、シャッと響く鱧の骨切りは、夏の風物詩。そのリズミカルな音だけで、鱧のうま味あふれる味が脳裏に浮かぶ。

崩れんばかりに柔らかく仕上げた鱧の湯引きに、卵黄と出汁をかき立てたソースをとろりとかける。卵黄をかき立てる、西洋料理のソース・アングレーズの技法を応用。「鱧の玉子とじ」という和の定番料理を神田さん流に仕立てた。

カウンターの内側には百田煇(ももだ・ひかる)さん、麹谷宏さんなど、作家ものの器が並ぶ。

海老ととうもろこしの進上椀
とうもろこしと海老の進上が主役のお椀。椎茸、白瓜、ほうれん草、海老を盛り、日本料理の伝統の五色――青、黄、赤、白、黒をお椀の中に集めた。しんじょうは、ぜいたくに海老のすり身を用い、とうもろこしと同量で合わせたもの。香り高く上品な甘みが印象的だ。お椀は金城雅峯(かねしろがほう)作。

鱧の玉子とじ
鱧の玉子とじを神田さん流にアレンジ。鱧の湯引きに、出汁、吉野葛、卵黄を温めながらかき立てたソースをかける。鱧はふわりと柔らかく、うま味が豊か。そこにコクのあるなめらかなソースがかかる。口の中で両者が一体化し、繊細でまろやかな味わいが広がる。器は川瀬満之作。

神田 裕行さん

「日本料理の魅力を世界に広く伝えるのも、自分の使命だと考えています」

かんだ
東京都港区元麻布3-6-34 カーム元麻布1階
TEL 03-5786-0150
18:00~22:00LO
日・祝日休

text: Izumi Shibata photo: Tomoko Osada

本記事は雑誌料理王国318号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は318号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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