国産の羊肉は希少である。国内に流通する羊肉のうち国産はわずか0.6%。一般の家庭ではほとんど食卓に上ることはなく、プロでも国産の羊を使うことができるのは、星がつくようなごく一部のトップシェフのみ。そうした極上の羊肉は、北海道から送り出される。国産羊肉の実に50%以上が北海道で生まれ育った羊なのだ。北海道で羊に生き、羊と暮らす、5人の羊飼いに会うため、「羊SUNRISE」の関澤波留人さんとともに北海道は道東へと飛んだ。
牧場主の安西浩さんが犬笛を吹くと、3匹のボーダーコリーが勢いよく駆け出していく。単音と長音の組み合わせで、それぞれの犬はときに大きく旋回し、ときに羊ににじり寄る。そうして群れで行動する羊の集団を追い込んでいく。
総頭数約1000頭。道内でも最大クラスのBOYA FARMはスキーウェアのBOYAブランドを母体として1989年に羊を導入した。当初はウェアの羊毛を採取するための生産牧場だったが、操業するうちに羊肉の生産牧場へと舵を切っていった。
「創業時は、ウールの王様と言われるメリノなど毛用種の血統が強かったんですが、導入した羊にペレンデールという毛肉兼用種がいたんです。ニュージーランドの山岳地帯でもしっかり育つ品種で、傾斜地の多いうちに向いていた。肉質、歩留まりともよくて、最初にあの品種を導入していてよかったですね」
山ひとつまるごとという広大な放牧地での多頭飼い。現在は安西さんと、若い男女のスタッフ2人の合計3人ですべての羊の面倒を見る。
だが羊飼いは儲からないと言われる。ラムの枝肉規格は重量と脂肪の厚みで決定される。標準的な「M」で枝肉(左右半丸の合計)重量は20 ~25kg。その重量は、黒毛和牛の約20分の1である。つまり、同じ「一頭」を手塩にかけても、肉の重量は牛の5%に過ぎない。
近頃「ラムが高い」とお嘆きの方もいるだろうが、一頭からとれる肉の量が少なく、放牧や飼料管理に手がかかる。そんな畜産動物がリーズナブルに取り引きされるとしたら、マーケットは回らないし、第一、生産者だって浮かばれない。「単純に規模を大きくすればいいとは考えていませんが、企業として一定の規模は必要だと考えています。うちでもまだ頭数や飼育管理が不安定な面もあります。その分はここにある資源や技術で補いながら、羊飼いという事業を育てていきたいですね」
その「資源」や「技術」を体感するため、丘の中腹にあるファームイン(農家民宿)に一泊させてもらった。
小高い丘からは池田町の町が一望でき、赤く染まる夕焼けの下に十勝の借景が広がる。その手前にある牧草地で、羊の群れが草を喰む。
夜は牧場内で羊肉を使ったバーベキューや加工肉に舌鼓を打つ。いい環境で育ち、いい状態で保存された十勝の羊肉は味が濃い上に、食後感も軽い。夜空を見上げれば、都会ではありえないような満天の星が降る。
日中、予約制で行なわれる牧羊犬ショーでは、安西さんとボーダーコリーが息を合わせて、羊の群れを誘導する。海外からのツアー客からやんやの喝采が送られる。
生産牧場にも関わらず、なんと旨く、美しく、そして楽しいことか。
池田町にあるこの牧場は、楽園である。
BOYA FARM
北海道中川郡池田町字清見224-2
TEL 090-3898-5598(アンザイ)
http://www.netbeet.ne.jp/~boya/
text 松浦達也 photo 岡本寿
※本特集で取り上げた牧場は観光牧場ではありません。取引申し込みや見学等に際しては事前連絡の上、牧場主の了承を得たのちに訪問してください。
本記事は雑誌料理王国2020年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2020年3月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。