「一緒に理想の店をつくろう」そんな熱い夢から始まる、仲間との独立。しかし、店が動き始めると、互いの歯車が噛み合わなくなり、だんだんと失速してしまうことも……。
そこには、夢の裏に隠れていた「経営」という現実と、なんとも避けがたい人間の心理作用が影響しているという。
気の合う仲間同士で始めた店でも、いつの間にかひずみが生まれ始め、やがて大きないざこざに発展して閉店、というケースをよく耳にする。その原因はどこにあるのか。経営と心理学の両方に詳しい、経営心理士の藤田耕司さんに話を伺った。
「揉める原因として、最も多いのはお金の問題です。とくに、料理人とオーナーといった立場の違う者同士の独立は、『お客さまに愛される店』という共通目的から始まっても、いざ開店すると、料理人は『最高の料理』、オーナーは『利益の確保』と、注力する対象が変わってきます。いずれも『お客さまに愛される店』を続けるために必要なことですが、叶えるための手段が相反してしまうことが多いんです。また、いざこざが起きるのは店が繁盛していない時ばかりと思われがちですが、そんなことはありません。予想以上に利益が出た時に、その分配で揉めるというのもよくあること。皆、自分の貢献度を主張しますからね」
さまざまな現実が降りかかる店の経営。開店後も良好な関係で店を続けていくために必要なこととは?
「開店前は店づくりにばかり注力してしまいがちですが、金銭面をはじめとした開店後のルールをきっちり取り決めておくことこそが大切。開店前より、開店後の時間のほうがずっと長い。ここからが本番なのですから」
また、心理面においても思いがけない作用が無意識のうちに起こってしまうため、注意が必要だという。
「人は自己奉仕バイアスという心理作用により自分の貢献を高く評価し、相手の貢献を低く評価する傾向があります。また、脳の馴化という性質により相手に対する「当たり前」の感覚が強くなると、開店当初の感謝の気持ちが持てなくなる。長く関係を維持するにはこういう心理作用が働きやすいことを自覚し、パートナーへの感謝を忘れないことが重要です」
熱い気持ちや仲間への思いこそ、仲間との独立の醍醐味。つねに自分への注意喚起を忘れないことが大切だ。
独立直後は互いに緊張感をもっていたものの、時間が経って慣れ始めると、よくない本性が表れてくるという。以下のような心理作用にご注意を。
自分の貢献度ばかりを尊重し始める心理作用。店が繁盛し始めると、その要因として料理人、パティシエ、ソムリエなどは「自らの技術やセンス」を、オーナーは「自分が仕掛けたPR戦略」を主張し、給与アップや待遇改善を要求し始めることも。
成功への貢献度はなかなか個別に計れないもの。明らかな評価がない限り、利益の分配は成功報酬ではなく、開店前にしっかりルールを決め、それに則ることを徹底する。
自分にとっての「普通」を、周囲、さらには世間にも無意識に強要してしまう心理作用。「自分ならこうする」と思うことに反したことをされると、「普通はこうするだろ!」と攻めずにいられず、互いに「普通」を主張するせめぎ合いに発展してしまう。
人との共働の基本でもあるが、必ず相手の立場に立って物事を見たり、考えたりする習慣をつけること。自分の「普通」を疑ってみることも大事。
どんなことにも馴れてしまうという脳の性質。独立時は頑張ってくれた仲間に感謝するが、やがてそれが当たり前になり、感謝の気持ちが持続しない。また次に何かしてもらわないと感謝する機会が得られないので、相手への尊敬の念が薄れていく。
独立した時の気持ちに立ち返る機会を自ら作っておく。たとえば、当時の気持ちを思い出せる物を目につく場所に置き、感謝の気持ちを忘れないよう心がけることが有効。
男性と女性とで、経営者としての心理に差が出るという。大別すると「序列」を気にする男性と、「見栄」を重視する女性。思い当たるところはあるだろうか。
【男性】部下ができたことで上下を意識
フラットな立場の仲間同士で独立した直後はうまくやれるが、状況が変わりだすのが、新たに部下となる人間を雇った時。男性は縦方向の序列意識が高いので、部下の前で自分がトップだと見せようとするマウンティング心理が働いてしまう。
【女性】自分や会社の見え方が気になる
女性経営者は地位への固執というよりまずは見た目を重視。自らはもちろん、会社の内装やデザイン、備品等に対する美的こだわりが強い。ある程度は必要だが、やりすぎると財務状況を圧迫し、パートナーから不満が出ることもある。
一般社団法人日本経営心理士協会 代表理事 藤田耕司さん
2013年、経営と心理と会計のコンサルティングを行うFSGマネジメント株式会社を設立。2015年、一般社団法人日本経営心理士協会を設立し、代表理事に就任。著書に『リーダーのための経営心理学』(日本経済新聞出版社)がある。
成田百合=取材、文 内海明啓=撮影
本記事は雑誌料理王国2018年12月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2018年12月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。