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【人気繁盛店のつくりかた】味、しつらえ、サービスの顧客満足度。芦屋「京料理 たか木」


高級住宅街として知られる兵庫県芦屋市。この街は「顧客の年齢層が高い」という声を飲食店で頻繁に聞く。実際、車で10分ほどの距離の西宮市や神戸市東灘区と比較しても、芦屋市は60代以上の人口が多く、30代以下が少ないという統計データがある。この街に住んでいた「京料理たか木」の高木一雄さんも「年齢層が高い街には正統派日本料理店のニーズがある」と感じ、芦屋での独立を決めた。

開店したのは現在の店より山際で、最寄り駅からタクシーに乗らなければならない場所。全10席の小規模店で、調理場は高木さんひとり。「辺鄙な場所でも、料理をがんばっていれば、噂を聞き、お客さまは来てくださる」。ただし遠くても行く価値があると思わせる値打ち感が必要だ。当時昼のコースが5品で3800円、7品で7500円。夜も7500円。値付けも安いが、問題は数字自体ではなく「3800円」「7500円」を支払うことの対価だ。

顧客満足を得るための努力は惜しまなかった。朝は大阪市中央卸売市場まで魚を仕入れに通う。器も無理をしてでも本物を揃えようとした。「金がないのにいいものを買おうとする僕の熱意を認めてくれて『いつか儲けさせてよ』と勉強してくれました」。業者の先行投資だ。開店から年はこうした信頼関係を築くための時間だった。「最初から儲けようとしてはダメ。時間も金も先行投資は必要です」と。

その意気はお客にも伝わった。現在の店の大家さんは当時のお客だ。高木さんの料理を見て、駅に近いもっと広い場所でやってみる気はないかと持ちかけられたのだ。

物件は大家さんが建てるが、設計段階から希望を伝えてよいという。高木さんもひとりで作る料理の限界を感じていた頃だったので、ありがたく申し出を受けた。建物は芦屋の街に京都をそのまま持ってきてもそぐわないと、木、紙、光を盛り込んだ「ハレの日の家」をテーマに和モダンな店舗に。席数も席に増え、厨房のスタッフを名増員し、作りおきしない料理を出せるようになった。

料理はクラシックな京都しつらえは芦屋に合うモダン

「芦屋のお客さまは器や軸などのしつらえも、クラシックな京料理もよくご存じです」と高木さん。それはうれしいことだが、反面、迎える側としてはひとつのミスも命取りとなる。たとえば「京料理たか木」に予約の電話を入れると、高木さん自ら電話に出る。仲居も電話に出てよい人は限定しており、卒のない応対だ。高木さんも電話口でお客のニーズを細やかに受け取り、可能なかぎり対応したいと会話を重ねる。何でも相談できる安心感。次世代の日本料理店当主の姿を見た気がする。

 仲居も多めに採用し、向かない人は1カ月で辞めてもらう。上質なサービスを知る芦屋マダムの厳しい目にさらされる店の顔だからだ。お金持ちが多い場所で商売をするということは、店側に要求されるレベルも高い。そのよさと怖さとを理解し、努力を重ね、街の人に受け容れられてきた。今ではお客からの持ち込み企画で、落語家を招いて落語会を催したり、法事などの利用も多い。昼はマダムたちの予約で埋まる。値打ち感ある正統派の料理をまっとうな価格で出すこと。顧客ニーズに柔軟に対応できる体制。この2点がここの人気の理由なのだ。

鱧椀。椀物は先附がテーブルに運ばれると、吸い地も具も調理開始。作りおきをしない、ひき立てのだしの風味は絶妙。鱧の下に極細の素麺が隠れた七夕の献立。購入した骨董の椀を金沢の塗り師に持ち込み、蓋に蛍を描いてもらったオリジナル。

八寸。2名以上の場合大皿に盛り、取分けて楽しんでもらうことも。鱧寿司、鱧の子の葛まんじゅう、鮎の蓼衣揚げほか。

高木一雄さん
1972年大阪府生まれ。大学4年の時に「北乃大和屋」に入店。卒業後就職。師である佐名木孟氏について「京大和」へ移り、さらに修業を積む。 2005年2月芦屋にて独立する。07年9月現在の場所へ移転。

text ・Ayako Miyoshi ・Photo・Kohkichi Kokumai

本記事は雑誌料理王国2011年8月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2011年8月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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