フードジャーナリスト柴田泉が見つめる「レストランこれから」の、これから「ラ・ブランシュ」田代和久シェフ


料理人は「自分の好きなこと」をベースに
「喜んでいただける」ことをする職業です

5月8日のラ・ブランシュ

多くのお客、そして料理人から敬愛を受ける青山「ラ・ブランシュ」の田代和久シェフ。緊急事態宣言の発令を受けて4月7日から5月7日まで店を休業していたが、 取材をしたのは営業再開当日の5月8日。「70歳の自分にとって、1ヶ月の休業は1年くらいの思い(笑)」と話をしてくれた。
「休業の決断は断腸の思いでしたが、休むと決めたら家でゆっくりと過ごすことにしました。あと、 店を再開した時に足腰が弱っていたら困ると考え、近所にある大きな公園の中の山道を、2時間ほど毎日ウォーキングしていました。世の中がどうなっても変わらない自然の営みの偉大さを、改めて肌で感じられたのはいい経験です」という。

また、「人は何歳になっても、“やってやる!”という情熱が大事。その源となるのが、何でもいいのですが、“これは楽しい”と思えるものを見つけること」とも。 たとえば田代シェフは、休みの間にラジオのNHK第2放送をよく聴くようになった。「語学番組に刺激をもらっています。 歴史や哲学の話もおもしろいですね」。料理とは一見離れている事柄を楽しみながら、1ヶ月の休業期間、モチベーションを保ちつつ過ごした。

それから&これから

営業は5月8日に再開したが、5月は中旬までまだ社会全体に緊張が残っていた時期。客足が伸びたのは6月に入ってからで、7月もまた増えたが、8月に入り都内の感染者数の激増が伝えられるようになると状況は戻ってしまったという。 それでも、「お客さまが来て、喜んでくださることに今まで以上に感謝の気持ちを深めています」と話す。
もともと田代シェフは約35年前に店をオープンした直後、お客が入らない日が続いた時期、悩んだ末に「自分の店なのだから、悔いのないよう好きなことをしよう」と決断した。と同時に、来てくれるお客には全力で応えることとした。その方向性は間違っていなかったが、今回のコロナの経験を通して、「『自分の好きなこと』よりも、『好きなことをした結果、喜んでいただける』方がずっと大切だと改めて身にしみました」と話す。

また、 レストラン業については「リモートで仕事はできないし、人が来て初めて成り立つ職種。コロナ下の社会では極めて弱い立場にあることは否めません」という。「それでも、料理を通して人が触れ合うレストランという場は必要とされ続けるはずなので――もちろん衛生面や席間を離すなどの対策は前提として――、私は人に喜んでいただける料理人の仕事の尊さを若い世代に伝えたいと思っています」。と同時に、若い世代の料理人がコロナ禍の最中、業界を救うため政府に働きかける活動や、医療従事者に食事を届ける活動を行ったことに対しては「素直に素晴らしいと思う」と話す。「世代による違いもあるかもしれませんが、エネルギーをそうしたことに向けるのは自分はなかなかできなかったことです」。

そして今、精一杯できることをやる、というのが田代シェフの結論だ。「この先まだまだ料理人を続ける気概はありますが、若い頃に比べれば残されている時間は少ない。だからこそ1日1日が大切。未知のウィルスと折り合いをつけねばならない世の中になりましたが、自分の生き方を全うし、何よりもお客さまの癒しになるよう努めていきたいです」。

text 柴田泉

本記事は雑誌料理王国2020年10月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2020年10月号 発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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