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もしも世界に包丁がなかったら?ローブリュー 櫻井信一郎さん


もし料理人になっていなかったら、どんな仕事をしていましたか?
放送作家の小山薫堂さんが料理人の「もうひとつの人生」を聞き出します。

櫻井信一郎さん Shinichiro Sakurai
1961 年東京都生まれ。87 年に渡仏し5 店で修業。93 年に帰国し、「パッション」「レザンドール」「オーバカナル」を経て、豚肉料理をメインにした「ローブリュー」を2002 年に開店。著書に『レストランのシャルキュトリー』がある。

小山 櫻井さんはちゃきちゃきの江戸っ子だそうですね。

櫻井 生まれも育ちも下町なんです。実家が日本橋で旅館をやっていました。

小山 子供の頃は、その旅館が遊び場だったんですか?

櫻井 ええ、もうそこら中を走り回っていました。調理場にも出入りしていましたね。

小山 その頃から料理に興味を?

櫻井 そうですね。実家のほかにも、飲食業に携わっている親戚や知人が多くいましたし、小さい頃から自然と食べ物や料理の世界に関心がありました。

小山 でもなぜ和食ではなく、フランスのバスク地方の料理に?

櫻井 フランス料理の世界へ入ったのは、漠然とした憧れからです。僕が料理人になると決心した頃、石鍋裕さんや井上旭さんらが活躍されていて、フレンチの世界は華やかだったんですよ。

小山 それでフランスで修業してみたいと。

櫻井 はい。資金をためて26歳の時に渡仏しました。リヨンにある二ツ星の店に入れてもらえたのですが、経験が浅い僕は何もできなくて……僕よりもずっと若いのにスキルがある同僚たちを悔しく眺めていましたね。フランス語も当時は全然できなくて、知りたいことがあっても質問できないし、シェフに怒られても何を言われているのかわからない。家に帰ると胃のあたりがきゅーっと痛くなるという毎日でした。半年くらい経つと、みんなの輪の中で自然に働けるようになったんですけどね。

小山 周囲との関係が変わるきっかけが、何かあったのですか?

櫻井 ある日、シェフが残っている食材をいろいろと出してきて、「これでまかないを作れ」と言うのです。それで材料を全部使いきってまかないを作ったんですよ。そうしたらすごく褒めてくれました。おっかないシェフだったんですけどね(笑)。

小山 周りに認められた瞬間ですね。その後も違う店で修業を?

櫻井 フランスの5つの店で働きました。なかでも、一番影響を受けたのが「CHILO」という店です。小さな港町にある、〝とうちゃんとかあちゃん〞がやっている食堂です。うまいバスク料理と温かい雰囲気がとてもよくて、僕はその店に惚れ込んでしまったんです。すぐに「ここで働かせてください!」とお願いして、1年ほどそこで修業しました。

小山 ここ「ローブリュー」は、その店のイメージなのですね?

櫻井 そうです。僕がめざすのは高級で上品な店ではなく、フランスの食堂です。お子さま連れもお年寄りも、お酒が飲めない人も楽しめる、ざっくばらんな空間。地元の人に愛されながら、ずっと残っていく店ですね。

小山 下町情緒を愛する櫻井さんらしいコンセプトですね。ところで、もし料理人でなかったら何になりたかったですか?

櫻井 町火消しです!

小山 火事場に飛んでいって、(まとい)を振ったりするあの火消しですか?

櫻井 そうです。僕の憧れです。粋でかっこいいと思いませんか!? 伝統を受け継ぐ、江戸の花形職業ですよ。

小山 どこまでも江戸っ子なんですね。

江戸の町火消しになりたかった 櫻井信一郎

伝統を受け継ぐ男の気合いを感じる 小山薫堂

貴重な半纏(はんてん)(まとい)をお借りしての撮影に、櫻井シェフは喜びながらも、「恐れ多い」と緊張しきりだった。この伝統に対する真摯さがうまい生ハムを生み、下町情緒への愛情が居心地のいい雰囲気をつくる。そうやって名店「ローブリュー」はできているのだろう。(小山薫堂)

LAUBURU
ローブリュー

東京都港区南青山6-8-1
● 03-3498-1314
● 18:00 ~21:30 LO  日休
www.lauburu.jp/


小山薫堂
1964年熊本県生まれ。放送作家・脚本家。国際エミー賞に入賞した「料理の鉄人」「トリセツ」など斬新なテレビ番組を数多く企画。初めての映画脚本を担った『おくりびと』でも多数の賞を受賞。そのほかに、絵本の翻訳、小説の執筆、雑誌へのエッセイの寄稿など活躍は多岐にわたる。


井本千佳=構成/文 依田佳子=写真

本記事は雑誌料理王国第219号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第219号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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