地中海西部に浮かぶコルシカ島に生まれ、南仏で育ったリオネル・ベカシェフ。「エスキス」の料理について、「柑橘類の使い方がとくにすばらしい」と評する人が多いのは、シェフを育んだ環境と無関係ではないようだ。ことにリオネルさんお手製のレモンコンフィは、彼の料理には欠かせない調味料だ。「地中海沿岸は柑橘系の果物の宝庫なので、その影響は大きいと思いますが、それを深めてくれたのは、ミッシェル・トロワグロさんです」と語る。フルーツやヴィネガーなどの酸味を巧みに使い分け、料理の印象を軽やで風味豊かに仕上げるミッシェル・トロワグロ氏。その名を冠したレストランで働くことで、リオネルさんの「技」に磨きがかかっていったのだ。
こうした果物同様、リオネルさんが慣れ親しんできたもうひとつの食材がある。ナツメヤシの果実、デーツだ。来日した2006年の秋以来、納得できるデーツを求めて輸入業者を当たったが、実り豊かな地中海の風景を連想させる、ふっくらしたデーツにはなかなか出会えなかった。昨年、ようやくそれを見つけた。だからこそ、今回のテーマが「こだわりの輸入食材」と聞いた瞬間、迷うことなくデーツを選んだという。
ほどよく乾燥させたデーツは、ねっとりした食感と甘さが干し柿にも似ていて、そのまま食べても充分においしい。リオネルシェフはこの持ち味を効果的に活かすために、カルダモンの香りをつけたグレープジュースを使ってデーツをマリネしている。このひと手間で、甘みにさわやかさが加わり、スパイシーな料理や辛い料理にも調和する味になる。
今回は、マリネしたデーツを仔羊のレバーや、エシャロットのコンフィ、ニンニクのコンフィ、コリアンダーやパセリなどと合わせて、アクセントのきいた味わいに仕上げた。「デーツを選んだのにはもうひとつ理由があって、ちょうどラマダンの時期に当たるからです。ラマダンの時には日が沈んでからしか食事ができず、その日の断食を終えてまず食べるのがデーツ。栄養価が高いうえ、古代より神から与えられた神聖な食物とされているからです」
デーツと合わせた仔羊のローストもラマダンと関係が深く、1カ月ほどのラマダンが明けると、それを祝って食べるのが仔羊の料理なのだ。「僕はラマダンをしませんが、ちょうど今、おばあちゃんがラマダンの最中です」。チュニジア出身の父を持つリオネルシェフのデーツ料理は、祖母へのオマージュでもある。
実はデーツだけでなく、ロースト用に注文した仔羊の肉も輸入食材だ。「オーストラリア産を使いました。北海道の仔羊もおいしいのですが、スパイシーで個性的な食材や調味料を盛り込んだこのひと皿には、繊細すぎて合わないと思ったのです」。
リオネルシェフの食材選びは、自分のイメージする料理に必要かどうかがポイント。「料理人なら良質な食材を選ぶのは当たり前で、自分が考えた着地点に到達できる食材かどうかを見極めることが重要なのです」。そこで、繊細に仕上げたい場合は、日本の食材を用いることもある。「この料理は、この食材がないとできない」と決め付けたりはしない。素描を表わす「エスキス」という店名も、「まだ発展途上でこれから進化を続ける」という思いを込めてシェフが付けた。食材探しも発展途上だが、だからといって甘えはない。今、手にしている最高の食材を使って全力で仕上げる。進化はその先にこそあると信じている。
グレープフルーツジュースで デーツをマリネしてから調理
デーツは糖度が高いので、そのままでは料理に使いにくい。グレープフルーツジュースとカルダモンでマリネし、その味の変化を確かめてから調理。
デーツは仔羊のほか、 鳩や鴨とも相性がよい
今回はマリネしたデーツに仔羊のレバー、コリアンダーの葉、パセリなどを刻んだものを詰めて焼いたが、鳩や鴨と組み合わせることも多い。
エスキス
東京都中央区銀座5-4-6 ロイヤルクリスタル銀座9F
03-5537-5580
● 12:00~13:00LO 18:00~20:30LO
● ディナーのみ日休
● 46席
www.esquissetokyo.com
上村久留美=取材、文 星野泰孝=撮影
本記事は雑誌料理王国第174号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第174号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。