料理人としてのキャリア約50年の谷 昇シェフ。
フランスでの修業、都内のレストランを経て、1994年、神楽坂に「ル・マンジュ・トゥー」を開店。2006年に改装オープン。
その間、伝統に敬意を払い、知識や歴史を培いながら、真っ当なフランス料理を作り続けてきた。貪欲に探求を続ける姿勢は今も変わらない。
ウェブサイトにも明記してあるように、マスク着用やアルコール消毒のお願いなど、新型コロナウイルス対策を徹底。東京・神楽坂で30年近く、骨のあるフラ
ンス料理を提供してきた「ル・マンジュ・トゥー」では現在、14席あるテーブルは、2組で満席として、細心の注意を払っている。
「昨春の緊急事態宣言のときは大変でした。なんせお客さまが一人も来ない日があったのですから」と、谷 昇シェフはその頃を振り返る。
何事も未来永劫続かない。店はいつかはなくなる。覚悟していたこととはいえ、新型コロナウイルスの蔓延という形で、不意打ちを喰らうことは予測していなかった。このままお客が来なかったら、いつまで店が続けられるか、マダムに確認をしたこともあったという。
困難な状況は重なる。スーシェフをフランスでの修業に送り出し、厨房スタッフも不足。現在、谷シェフが厨房をひとりで切り盛り、いわばワンオペで料理を担っている。席数を最小限に抑え、谷シェフがひとりで調理を行っていることもあり、現在メニューは、20,000円のコースディナーのみ。「ていねいな盛りつけができなくなりました」と言うものの、調理の工程はこれまで同様、確かなフランス料理の技術で作られる。そして伝統にのっとるだけではない、新しい感覚や他の国の調理技法など、いいと思ったものは取り入れる。
基軸となるのはもちろん、フランス料理の技。しかし、大事なのは技だけではないと谷シェフは語る。「技術はやっていくうちに習得できます。でも、なぜそれをやるのか、という理論、フランス料理の歴史の中でなぜその料理が継承されてきたのか、その歴史背景などへの理解がないと、納得いく料理は作れません」
目下の悩みは、本を読む時間が確保できないこと。ワンオペになってから1ページもめくれていないという。営業終了後、読書をするのを習慣とし、そうして知識を得ていた。勉強するのは読書に限らない。外食はほとんどしない谷シェフだが、行っておきたいと思った店には顔を出し、感銘を受けた料理ではそのシェフに教えを請うこともある。そこには年齢や性別、キャリアは関係ない。料理に対する姿勢はあくまで謙虚なのだ。
69歳を迎え、これまで以上にエネルギッシュな谷シェフが、厨房でフル稼働する日はまだまだ続きそうだ。「若い人たちには技術や知識を継承したい。言葉で伝えるだけでなく、僕自身の生き方を通して、背中で教えることもたくさんあると思うんです」。大切なのは、周囲への感謝を忘れないこと、そして謙虚であることと、熱く語る。なぜなら、料理人である前に人としての姿勢が、最終的には料理や店の雰囲気を作り出すのだから。
ARCHIVED COLUMN
「技術、知識、歴史の連動が料理人には欠かせない」
技術を本当に理解するためには、〝なぜ〞を理解することが大事。そのためには論理を知り、歴史的背景を知ることが肝要である。先端技術に頼る前に、伝えられてきた技法を知ることも大いに役に立つ。そのサンプルとして、古代ローマの文献や中国料理をヒントにしたスープを披露した。これからを生きる若い料理人には、技術のみならず、歴史や料理の背景、調理法の意味を学び、その上で個性を打ち出す料理を目指して欲しいと語る。
Le Mange-Tout
東京都新宿区納戸町22
TEL 03-3268-5911
17:00~21:00
日休(祝日の場合は営業)
text: kurumi kamimura photo: Gorta Yuuki
本記事は雑誌料理王国2021年6月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2011年3月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。