職業や年齢はもちろん、利用目的も多様なホテルは、町場のレストランに比べ、衛生管理に厳しい。「MOTOÏ」のオーナーシェフ前田元さんは、ホテルのキッチンで10年以上働いていた経歴をもつ。
その後、大阪のガストロノミーレストラン「HAJIME」などを経て独立したのは、2012年、23歳のときだった。それまで、料理長を務めたことがなかった前田さんは、このとき初めて恐怖を感じたという。
「店の運営や経営、スタッフへの責任など、店のすべてに、自分で責任を負わなければいけないことになり、『怖い』と思ったんです。その時に、『衛生管理』についても真剣に考えるようになりました」
小学生の頃、フランス料理に出会い、白く高いコック帽と真っ白なコートを着て料理を作る「カッコいいコックさん」になりたいと夢見た前田少年。18歳で料理の世界に飛び込み、腕を磨いてきた。しかしここ数年は、食品偽装や食中毒のニュースが世間を騒がせ、「不衛生だから」という理由で年末の餅つき大会は中止になる。現場でも、異物混入を避けるためと、コック帽はキャップになり、コートはジャンバーになったという話も聞く。食の安全がニュースになるたびに、やりきれない思いになり、自分が憧れたフランス料理をこれからも作り続けていけるのだろうか?と思うようになった。
2020年に向けて、すべての飲食店にHACCPが導入されることを知ったとき、「国は、料理人を信頼していないな。芯75温度1分では、おいしい肉は出せないよ」と、批判的に考えた。しかし、調べてみると、HACCPは調理マニュアルではなく、自分たちで衛生管理のポイントを決めて、管理・実行していく管理システムであることを知って、興味がわいた。新しい正確な情報の重要性も実感した。「餅つきもしっかり手洗いをして、使用器具も衛生的な状態であれば、本当は問題もない。そのための知識や方法を、しっかり身につけることが、HACCPなのだと思います」
HACCPの詳細はこちらの記事でご確認ください。
MOTOÏのキッチンの入り口には、従業員用のトイレがある。これは、座席数36席のレストランの規模としては珍しい。衛生管理に対する、前田さんの高い意識の表れといえるだろう。
しかも、このトイレが、菌を持ち出さず、菌を持ち込まないという、キッチンとホールの衛生面での明確な境界線になっているのだ。さらにトイレ内には、次亜塩素酸ナトリウム水溶液(6%)を、水で500倍に薄めた殺菌水をスプレー容器に入れて設置。洗剤で手を洗った後、それを使って除菌することにしている。
前田さんは、日頃からスタッフに対し、「考えて仕事をすること」を求めている。なぜこの素材を使うのか、なぜこの調理をするのか。それは、衛生管理でも同じことがいえる。なぜ手を洗うのか、なぜ安全管理が必要なのか、を理解してほしい。「衛生管理はシェフがひとりでするものではなく、店全体でするもの。店で決めた衛生管理が、ただのチェック表になって、形骸化してしまっては意味がない。そのためにも、全員でボトムアップしながら継続していかないといけないのです」
現在、MOTOÏのスタッフは、研修生も含め13名。4月には、シェフを目指す新卒生が3名入社した。前田さんはすでに、彼らの「カッコいいコックさん」なのだ。
MOTOÏ
モトイ
京都市中京区富小路二条下ル俵屋町186
075-231-0709
● 12:00~13:00LO、18:00~20:00LO
● 水・木休
● 36席
http://kyoto-motoi.com/
江六前一郎=取材、文 村川荘兵衛=撮影
本記事は雑誌料理王国第285号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第285号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。