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名匠のスペシャリテ「おはらス レストラン」小原敬さん


時代を超えて愛され続ける名匠のスペシャリテがある。
連載第27回目は、知る人ぞ知るフレンチの名店「おはらス レストラン」の
オーナーシェフ・小原敬さんと、「ブーダンノワールのキッシュ仕立て 香草添え」。

コース料理の前菜としてお出ししているスペシャリテ「ブーダンノワールのキッシュ仕立て 香草添え」が誕生したのは、30年ほど前の1980年代のことです。豚の血と背脂をタマネギや香辛料とともに豚の腸につめたブーダンノワールは、今でこそポピュラーなものになりましたが、当時はとても珍しいものでした。
10年間のフランスでの修業を終えて帰国したのは1978年。32歳の私は、この年に札幌で「メゾン・ドゥ・サヴォア」をオープン。それから5年後に、パリでよく食べていたブーダンノワールをメニューに加えました。

本場フランスのブーダンノワールでは、見た目もさることながら、味も受け入れていただけませんでした。背脂の量を少なくし、ベーコンを加えることにしました。本来のブーダンノワールは、豚の腸に詰めるわけですが、テリーヌ型に流し込むことにしました。こうすることにより、腸の皮が舌に残ることもなく、ソフトで滑らかな食感が生まれました。切り分けたブーダンノワールのキッシュには、たくさんのハーブのサラダをのせました。ヴィネグレットであえた酸味の効いたハーブのサラダが、ブーダンノワールに優しい味を加えています。
今でこそ、ハーブにこと欠きませんが、当時は自分でハーブを作ることから始めなければなりませんでした。札幌の奥座敷と呼ばれる温泉地・定山渓(じょうざんけい)で畑を耕し、ハーブやフランボワーズを育てました。ドイツ人の妻マリー・テレーズにとって、札幌の私たちの店には、故郷のレストランに重なる懐かしさがあったようです。

重厚でいて、軽やかな優しい“小原の味”を


私たちが知り合ったのはパリ。私はホテルリッツで、彼女は銀行で働いていました。二人とも20代。「光陰矢のごとし」と言いますが、気がつけば30年以上も、こうして二人でお客様をお迎えしてきた。とても幸せなことだと感謝しています。札幌からここ大崎に移転するにあたり、「小原の家で、おいしい料理とワインで寛いでいただきたい」という想いを込めて、「おはらス レストラン」と名付けました。次第にブーダンノワールも知られるようになり、私のスペシャリテは、東京のお客様にも愛されています。今、思えば、フランスでの10年間が私の人生の礎となっています。

その契機となったのは、最初の師である志度藤雄さんとの巡り会いでした。志度さんは、密航を企ててヨーロッパに渡り、パリで修業し、41歳で帰国した人生の大先輩です。私は晩年の志度さんに従事し、その生き方に憧れました。密航こそしませんでしたが、シベリア鉄道でパリへ。
パリの三つ星レストラン「ヴィヴァロア」の天才シェフ、クロード・ペローさんのもとで、ヌーヴェル・キュイジーヌを実感できたことも、私の大きな財産となりました。もちろん、妻と出会えた運命にも感謝しています。本格的なフランス料理の味を守り伝えながら、重厚で軽やか、そして優しい味の「小原の家のフレンチ」を、いつまでも続けていきたいと思っています。

ブーダンノワールのキッシュ仕立て
瑞々しいハーブのサラダとともに、ブーダンノワールのキッシュを口に含めば、濃厚な旨みと優しい酸味が、美味なるハーモニーを奏でる。このおいしさを噛みしめながら、フランス料理の本格的な味わいに酔いしれる。

小原 敬 Takashi Ohara
1946年、東京・神田に生まれる。志度藤雄氏のもとで修業し、68年にフランスへ。パリの「ルカ・カルトン」、「ホテルリッツ」、「ヴィヴァロア」、ユージェニー・レバンの「ミッシェル・ゲラール」、「プラザ・アテネ」など屈指の名店で働く。78年に帰国、札幌で「メゾン・ドゥ・サヴォア」を開店。 2001年、東京・大崎へ。店名を「おはらス レストラン」とし、ミシュランの一ツ星を獲得している。

text 長瀬広子   photo 依田佳子

本記事は雑誌料理王国2014年8月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2014年8月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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