地に足つけて、スタートダッシュで終わらないようにする


物件探しに3年。こだわりを妥協しない

客が集まる店の条件として、まず頭に浮かぶのは立地だ。駅から離れた場所に店を構えるのは、リスクになりうる。しかし、東京・神楽坂の「パン デ フィロゾフ」は、駅から離れ、メインストリートからも1本入っているにもかかわらず、1日にバゲットが100本売れることや、時には品切れで早仕舞いしてしまうこともあるという人気店だ。

「実は、物件探しにはすごく時間をかけたんです。理想の物件が見つかるまでに、3年かかりました」。そう語るのは、オーナーシェフの榎本哲さん。

「ここは駅から少し歩くのですが、人通りもあり、大きなマンションもある。なにより、日常的にワインやチーズ、パンが自然にある生活をしている人が多いんです」

さらに榎本さんは、店は好きな場所に出すべきだという。好きな場所だからこそよく知っているし、モチベーションも上がる。

こだわったのは立地のことだけではない。店のインテリアも、壁の質感からパン棚や天井の素材、荷物を置くためのスツールにまで、妥協はしていないという。それは、そのこだわりがのちのちまで影響し、店の雰囲気を作り出すからだ。

「以前、仕事で知り合ったデザイナーさんにお願いをして、できたての店というよりは、最初からこの町並みに馴染むように作りました。鉄や木を中心にしたシックな雰囲気で、わざとエイジング加工をしたりアンティークなども取り入れて、10年後くらいが一番かっこよくなるようにしていただいたんです」

最初からこの土地で長くやることを想定して、それにふさわしい店を作った。妥協をすると自分のやる気にも影響してくるということが、過去の経験からよくわかっているからこそ、こだわるのだ。

店の隅々のしつらえまで、榎本さんのこだわりがうかがえる。 パンはシンプルだが、長く愛されるような、食べ飽きないものばかりだ。

本当にやりたい事はオーナーシェフにしかできない

榎本さんは、ブーランジェとしての活躍はもちろんのこと、さまざまな店の立ち上げや商品開発に携わり、そのノウハウを積み上げてきた。

「物件が決まってから、開店までは3カ月。今までいくつもの店の立ち上げを見てきたので、何をすればいいのかはわかっていましたから」

今までは、自分がオーナーシェフでない以上、さまざまな制限があった。材料ひとつとっても、制限がつきもの。大きい店舗ともなれば、大勢いるスタッフの技術レベルによって、作れるものすら制限されてしまう。それは悪いことではなく、経営には必要なことだった。しかし、そういった制限がまったくない状態で、自分のやりたい事を存分にやりたかったのだという。

「すべてが自分の責任だし自由でもあるというのは、オーナーシェフだからこそ。僕は、日常で食べるパンを売るお店をやりたかったんです。ワインやチーズに合うパンを、地元の方が買える店。長く地元の方に愛されて、そして自分もおいしいと思うパンだけを作りたい。そのために、材料も国内外問わず厳選して、置く品数も絞っています。これは、オーナーシェフになったからこそ実現できたことだと思います」

 今後の展開について、どう考えているのか聞いてみた。

「まずは、自分もお店も成長していくように心がけています。毎年、店のレベルが上がっていくように。そして、ゆくゆくはカフェをやりたい」

 自分のやりたいことを全部実現させたカフェを、ここ神楽坂にオープンさせたいと語る。地元に愛される店は、もうひとつ増えそうだ。

ル・ヴィニュロン・ルージュ、ル・ヴィニュロン・ブラン
水の代わりに、練り混むフルーツなどを煮たワインを使って仕込まれている「パン デ フィロゾフ」の看板商品。ル・ヴィニュロン・ルージュは、赤ワインで仕込まれ、フォワグラなどしっかりしたソースの料理に合う。ル・ヴィニュロン・ブランは白ワインで仕込まれ、豚肉や鶏肉の料理に合う。どちらも、ナッツやフィグがふんだんに練り込まれ、酵母もそれぞれに合ったものを使用しているというこだわりのパンだ。

Akira Enomoto

1979年東京都生まれ。東京製菓学校を卒業後、「ポンパドウル」に入社。その後は都内の店にブーランジェとして勤務し、2002年に「パティスリー・ペルティエ赤坂店」で志賀勝栄シェフ
に師事、24歳で同店のシェフとなる。2007年「マキシム・ド・パリ」入社。2008年「ドミニク・サブロン」のシェフ・ブーランジェに就任。2014年「マキシム・ド・パリ」退職。その後も、多数の店の立ち上げやメニュー開発に携わる。2017年9月、東京・神楽坂に「パン デ フィロゾフ」をオープン。

澤 由香=取材、文 小寺 恵=撮影

本記事は雑誌料理王国280号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は280号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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