伝説の料理人フェルナン・ポワン氏の薫陶を受け、ヌーベル・キュイジーヌを生み出して世紀の料理人と称えられたポール・ボキューズ氏。
日本でボキューズ氏の名を冠したポール・ボキューズグループの指揮をとるのが中谷統括料理長だ。「自分にはフランス料理の技術やボキューズ氏の哲学、いわゆる本物を伝える責任がある」と語る。
氏への尊敬と料理への愛情によって、この重責を担い続ける。
日本のフランス料理界の礎と評される平松宏之さんに憧れ、中谷一則さんが「ひらまつグループ」に入社したのは、27年ほど前のこと。中谷シェフはそこから頭角を現し、10年で料理長に就任。
その翌年には、「ひらまつグループ」がポール・ボキューズ氏と業務提携したことで、日本でボキューズ氏の名前を冠したレストランを任されることになった。
今では、ホテル、レストラン、カフェなど、35店舗以上を展開するひらまつグループ全体の統括料理長として忙しい日々を送る。
その仕事内容は、料理やサービスを含むレストラン全体のクオリティの維持に留まらない。平松氏はもちろん、世紀の料理人として世界中から尊敬されるボキューズ氏のフィロソフィを後輩に伝えるという重責まで担っているのだ。
穏やかな面立ちで小柄な中谷シェフのどこにそんなバイタリティと強さが潜んでいるのだろうか。しかし、ボキューズ氏は彼の情熱をきちんと見抜いて、中谷シェフをこう呼んでいたという。
プティグランシェフ―― 小さくて偉大な料理人。中谷シェフはポール・ボキューズ氏がニックネームで呼んだ数少ないシェフの1人だった。
「仕事中は厳しく規律を重んじる方でしたが、仕事を離れるととてもフレンドリーで、スタッフ全員をまるで家族のように大切にしてくださいました」
それだけに2018年のボキューズ氏の死は受け入れがたかった。心にぽっかりとあいた穴……。
「でも、いつまでも悲しんでばかりはいられないと思いました。氏亡きあとこそ気を引き締めて、次の世代へ志や技術を伝えていかなければならない。そう自分に言い聞かせました」
それから「メゾン ポール・ボキューズ」のメニューも見直した。ボキューズ氏の料理の再現に一層力を入れるようになったのだ。ちょうど、クラシカルな料理が見直されてきた時期でもあった。
「革新的な料理が素晴らしいのは言うまでもなく、ボキューズ氏自身もヌーベル・キュイジーヌという新しい料理を生み出しています。しかし、革新が生き残るのは決してたやすいことではありません」
中谷シェフは、生き残ってきた料理の中にフランス料理の真髄があり、それこそが本物であると確信している。「もちろん今も、そしてこれからも本物を守り、伝え続けていきますプティグランシェフは真剣な面持ちでこう言った。
日本のフランス料理の未来をも担おうとする中谷シェフの情熱と潔さを『料理王国』はこれからも見つめ続けていく。
ARCHIVEDCOLUMN from 2008.MAY
「素材の組み合わせで、かけ算的な美味しさの増幅を目指す」
「レストランひらまつ 広尾」の料理長として、オーナーの平松宏之さんを支えて奮闘中の中谷一則さん。ディナーについては平松さんがパリで考えたレシピを中谷シェフが日本でアレンジ。一方、ランチメニューは、平松さんに相談しつつ、中谷シェフが組み立てている。「時節の最良の食材を使えば自然と季節の色が滲み出てくるものだとわかりました」。
10年後の展望については「平松氏のようなひらめきを身につけ、ボキューズ氏のように誰からも愛されるシェフになりたい」と語った。
メゾン ポール・ボキューズ
東京都渋谷区猿楽町17-16 代官山フォーラムB1F
TEL 03-5458-6324
12:00~15:30(14:00LO)
18:00~23:00(20:30LO)
月休(祝日の場合は翌休)
text: kurumi kamimura photo: Gorta Yuuki
本記事は雑誌料理王国2021年6月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は 2011年3月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。