【語りたい100年史の一皿 #2】パ・マル 高橋徳男さん


気軽さを加味してフランスの味を広める

パ・マル 高橋徳男さん

7年間続けた神田の折り込みパイとスープの店「パ・マル」を、高橋徳男さんは昨年夏で店閉まいした。オープン当初、「さすが、高橋さん」と高橋さんを知る者は喝采した。第一線を走り続けてきたグランシェフが、ごく日常の食事をもっと楽しんで味わってほしい、と願って開いた店だったからだ。折り込みパイをつくるには、生地の温度調整と寝かせる時間が不可欠。神田の「パ・マル」では、売り場の2倍以上のスペースを厨房にあてて、リバースシーダー(パイ生地などの油脂折り込み作業を行う機械)やパイ専用の冷蔵庫まで完備してつくる態勢を整えた。中に詰める具も、素材にこだわり、すべて一から調理した。秋には、和菓子店でもなかなか入手できないほどの大粒の和栗を仕入れ、手に豆をつくりながら鬼皮と渋皮を剥いて仕込んだ。「この店のパイ、一個800円と高いけれど、意外においしいのよ」とショーケース越しに高橋さんを前にして、同僚に得意気に説明するOLがいた。高橋さんがどういう人物なのか、きっと知らなかったに違いない。そうした若いお客にも、高橋さんはていねいに折り込みパイの何たるかを説明をして販売に努めた。

74年、レンガ屋がポール・ボキューズ氏と技術提携。ボキューズ・フェアを開催したときの記念写真。当時、高橋さんは代官山「レンガ屋」のシェフを務めていた。

「でも、残念ながら、こっちの思いはよく伝わらなかった。何しろ、神田駅の周辺では500円玉一個で昼食ができちゃうんだからね。もっときちんとした食事をしてほしかったんだけれど。でも、こっちもあの立地に衝動的に店を出しちゃったのだからしかたないか」

六本木の「パ・マル」でも、入口を入ってすぐのところにショーケースをおいて神田から毎日運んでパイを販売していたが、もうそのケースもない。そして、高橋さんは今、オープンキッチンのストーブの前に立つ。30席の「パ・マル」のメニューをみると、「エストラゴン風味のホタテ貝のムースをナッペした黒ムツのポワレ、粒マスタード風味、菜の花添え」、「真鯛の赤ピーマン風味、洋ネギのソース」、「キノコと野菜を詰めた伊達鶏の胸肉、パスティスと野菜のソース」など、使っている素材こそ異なるものの、高橋さんが総料理長を務めた「アほうふつピシウス」の料理を彷彿とさせる。それもそのはず、アピシウス時代につくった料理をリーズナブルな価格で提供できるように、使う素材を替えて仕立てているのだから。写真のナスとフォワグラの前菜も、アピシウスであればトリュフをたっぷりと使うところだろう。

かつて、アピシウス時代の高橋さんがメニューにジビエをのせたいと猟師にひと声かけたら、全国からシカ、イノシシ、青首鴨が、それもまだ毛付きの状態のまま山のように届いてしまった。フランスなどからの食材の輸入がままならなかった頃には、フランスで使っているのと同じ食材を使いたいために、種羊や種鳥を輸入して専用の牧場で育てていた。食材だけをみても、こうしたアピシウス神話はたくさんあり、いまも抜きんでた存在であることは少しも変わらない。

そんなアピシウスの料理をつくってきた高橋さんだったが、「パ・マル」では若い客層に伝統に培ってきた真のフランス料理を味わってもらいたいという気持ちを抱きつつ、自身はごく自然体で料理づくりを楽しんでいる。

オートクチュ-ルの味を日常に根ざしたプレタポルテに

野菜のブイヨンでマリネしたナスのフォワグラと巻きエビ風味

アピシウス時代に高橋さんがつくった逸品に、トリュフをたっぷりと用いたナスとフォワグラを煮含めた料理がある。日本料理の加茂ナスの揚げ煮を応用して、フォワグラとトリュフをナスに組み合わせた傑作。その料理で用いたトリュフを巻きエビ(9cm前後の車エビ)に替えて仕立てたのがこのひと皿で、夜の前菜にのせている。

chef’s history

’36 東京都に生まれる。
’59 志渡藤雄氏の「花の木」に入る。
’65 銀座「レンガ屋」に移る。2番手として活躍。
’69 渡仏。「ラセール」や「トロワグロ」などで修業。
’71 「トロワグロ」に入り、ジャン・トロワグロの下で1年間修業。ソーシエを務める。
’73 帰国。代官山「レンガ屋」のシェフに就任。
’83 「アピシウス」の開業時から以後16年間にわたり、グランシェフを務める。
’99 神田にパイとスープのテイクアウト店「パ・マル」(06年閉店)を開業。
’03 六本木ヒルズにレストラン「パ・マル」をオープン。

text by Hisao Fujiu/photographs by Kazuo Kikuchi

本記事は雑誌料理王国155号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は155号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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