技と伝統を継承する二人のM.O.F.の料理に、フランス料理の底力を見た(トゥールダルジャン 東京)


フランス・パリのノートルダム大聖堂前、セーヌ川の岸辺に、「トゥールダルジャン」が誕生したのは1582年のこと。各国の王侯貴族が集い、フランスの美食文化を築いてきた、440年超の歴史を誇る美食の館。その唯一の支店が、東京にある。

ホテルニュオータニ(東京)のロビー階に居を構える「トゥールダルジャン 東京」は1984年開業、来年9月で40周年を迎える。ここでエグゼクティブシェフを務めるルノー・オージエさんは、2013年春に来日、弱冠32歳で現職に。今年で就任10年目となる。
オージエさん就任10周年を節目に、11月初旬にスペシャルコラボディナーが開かれ、私もお邪魔することに。コラボのお相手は、ジャック・ボリーさん。今や不動の人気を誇る銀座のフランス料理「ロオジエ」を3つ星へと押し上げるなど、数え切れない功績を持つレジェンドシェフだ。

左端がルノー・オージエさん、右端がジャック・ボリーさん。二人とも、M.O.F.の証、トリコロールの襟のコックコートを着用。トゥールダルジャン日本代表総支配人のクリスチャン・ボラーさんと、フランスからオーナーのアンドレ・テライユさんも駆けつけた。

フランス国家最優秀職人章
「M.O.F.」(モフ)が担うものとは?

オージエさんとボリーさんは、共にM.O.F.を持つ二人。つまりこの夜は「ダブルM.O.F.」の共演という貴重な会だった。

ここでM.O.F.についておさらいしたい。Meilleur Ouvier France、通称M.O.F.(モフ)は、日本語に訳すとフランス国家最優秀職人章。フランス国家が職人に与える称号で、国の大切な資産である職人の技術を高め、伝承していくための重要な役割を果たしている。料理人や菓子職人、ソムリエなど食に関するもの以外にも、革布や宝飾、音楽など80種以上あり、試験は3~4年に一度、挑戦する者には卓越した技術力が求められる。そしてM.O.F.の受賞者だけが、トリコロールの襟のコックコートを着ることが許される。ちなみに日本人の受章者は、ロブションの関谷健一朗さん1人だけだ。

日本では、M.O.F.は「フランス版の人間国宝」と例えられることが多い。なお日本の人間国宝の対象はこれまで、芸能と工芸のみ。料理人が選ばれたケースはまだ無いが、2020年4月、文化庁に食文化を担当する専門部署が新設され、まさに現在、その実態を調査している真っ最中である。

さて、M.O.F.の料理部門では、はじめに願書を出し、通過したら筆記と実技の試験を受ける。さらに進めば準決勝で課題料理に取り組み、決勝ではグループに分かれて前菜・主菜・デザートの3品を8皿ずつ、計5時間以内で作り上げなければならない。会場に持ち込む食材や調理器具には厳格なルールが設けられ、食材が足りなくなったり余らせたりしても減点。挑戦者たちは、非常に厳しい審査の目にさらされるという。

その難関をくぐりぬけ、オージエさんは2019年にM.O.F.を受章。当時、日本在住シェフの受章は37年ぶりという快挙であった。そして37年前の1982年、日本在住シェフとして初めてM.O.F.に輝いたその人こそ、ジャック・ボリーさんだった。日本に深く関わるフランス人シェフとして二人は交流があり、オージエさんは「自分がM.O.F.に挑戦した際には、ボリーさんから多くのアドバイスを受けました」と振り返る。

圧倒的な非日常感が漂うトゥールダルジャン 東京。

「トゥールダルジャン 東京」の店内に一歩足を踏み入れると、そこには別世界が広がっている。ダイニングルームにはいくつものシャンデリアがきらめき、大理石のテーブルに真っ白のクロス。さらに卓上には蝋燭の灯りがゆらゆらと浮かんでいる。いまどき珍しい、ピカピカに磨きあげられた銀色のゴブレットやカトラリーまでもが、圧倒的な非日常感を演出しており、440年超の歴史を誇るトゥールダルジャンの凄みを感じさせてくれる。そんな空間の中で、フランス料理を愛する人々が集い、皆で感動的な時間を共有した。オージエさんとボリーさんの、味わい深いクラシックフレンチは、舌の上ではかなくも美しく消えていき、私たちの記憶に強く刻まれた。

食後、お二人に感想をうかがうと、「コロナの影響もあり、実は6年ぶりの来日でした」とボリーさん。そしてオージエさんは「自分の来日10周年に、ボリーさんと一緒に料理が出来たことを光栄に思います」と、飛び切りの笑顔を見せた。

左がジャック・ボリーさんのスペシャリテ「甘鯛のヴァプール キャヴィア添え ソースフヌイユ」。右がルノー・オージエさんのスペシャリテ「黄金に輝く黒トリュフと根セロリのスフレ 黒トリュフソースと芳醇な白ワインソースの饗宴」

1月発売号の特集で、「23年の日本の料理業界を現す言葉は?」と約40名のトップシェフの皆さんに質問したところ、「古典回帰」というキーワードが浮かび上がってきた。
確かに、とりわけフランス料理界では、日本人初のM.O.F.受章があり、8月にはクラシックフレンチの継承を担う8名のシェフによる「クラブ・エリタージュ」が発足、オージエさんもこのメンバーの一人として活動している。

「M.O.F.受章の先には、フランス料理の技と信念を継承していく責任がある」とオージエさん。SNSの普及で、スマホを手にすれば、世界の美食の最新情報をキャッチできる時代だ。だからこそ、長い時間をかけて、脈々と受け継がれてきたクラシックフレンチの「技術」や「文化」は私たちを強く惹きつける。そんな事を改めて強く思わせてくれる一夜だった。

トゥールダルジャンの名物といえば鴨料理。パリでも東京でも、1羽1羽に番号をつける。私がいただいた鴨は「No.287785」。トゥールダルジャン 東京は、1921年に当時皇太子であった昭和天皇がパリ本店で食べた鴨の番号が“53211”だったことから、この次の番号からナンバリングが始まった。
19世紀末、パリのトゥールダルジャンで、鴨を切り分ける給仕長のフレデリック・デレールさんを描いた絵画。彼がトゥールダルジャンの鴨料理の評判を確立させ、鴨のナンバリングを始めた。
提供:トゥールダルジャン 東京

トゥールダルジャン 東京
東京都千代田区紀尾井町4-1
ホテルニューオータニ ザ・メイン ロビィ階
TEL 03-3239-3111(直通)
ランチ 12:00~13:30(最終入店)15:30(閉店)
ディナー 17:30~20:00(最終入店)22:30(閉店)
月火定休(水はディナーのみ営業)


フランスのフォーク文化は
トゥールダルジャンから始まった!?

トゥールダルジャンのパリ本店が、改装を終えて、23年9月に営業を再開した。本店の歴史を辿ると、もともとは王侯貴族のための旅籠として誕生したという。東京店がオープンした84年に、当時の本店のオーナー、クロード・テライユさんの著書「トゥール・ダルジャン 伝統のフランス料理」によれば、開業当時は「トゥールネル」という屋号だったらしい。フランス国王・アンリ3世が、パリ中心部から東に4kmほどの、ヴァンセンヌの森で鹿狩りをした帰りに、お供を連れて館を訪れたことがきっかけで、上流階級の社交場として発展した。

ちなみにこんなエピソードもある。アンリ3世が初めて訪れた日、ほかの客はほとんどおらず、町長とフィレンツェから来た3人の貴族が食事をしているだけだった。アンリ3世は、イタリア人たちが肉を手でつかまずに先が尖った道具でつき刺し、顔を皿に近づけ、口に運んでいたのを見た。「これは何か?」と尋ねると、イタリア人は「ヴェニスから届いた発明品、フォークです」と答えた。柄に細かい彫刻が施された、美しいフォークに魅了されたアンリ3世は、王宮の食卓にもとりいれるようになったという。

当時のフォークは今と違って二股。かなり食べづらそうな印象だ。
提供:トゥールダルジャン 東京

来年にはジャーナリスト・仲山今日子さんによる、ルノー オージエさんとジャック ボリーさんのインタビュー記事を公開予定です。どうぞお楽しみに!

text・photo:ナナコ(料理王国編集部)

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