ハーブやスパイス、自家製の発酵食品を駆使し、ほかにはない味わいの料理で話題を呼んでいる中国料理店がある。東京の四ツ谷駅からほど近い、荒木町に昨年オープンした「南方中華料理南三」である。
シェフの水岡孝和さんは、専門学校時代から中国料理を志し、いくつかの中国料理店で研鑽を積んだ。台湾へ留学し、料理学校へ通ったこともあるという彼のベースには、中国一周旅行で体験した食の数々があるという。「1カ月かけて中国各地を回ったんですが、その時に行った、西南地方の市場がおもしろくて。食材はもちろん調味料も豊富で、すごく気に入ったんです。西南地方へ行くと、発酵食品とその料理のバリエーションもかなり多いんですよ」
国土の広さゆえ中国料理の調味料は多様で、いわゆる「醤」だけでも、かなりの種類だ。中には、豆板醤や甜麺醤のように、発酵を用いた調味料もある。
「山に近いエリアで暖かいところへ行くと、発酵食品が多いですね。私が留学していた台湾も山岳地帯が多くて、発酵食品が豊富でした。冷房設備が整っていなかった時代から脈々と受け継がれている、食材を保存する知恵なのかなと思います」
中国の食文化に魅せられ、豊かな発酵食品にも深く感銘を受けた水岡さんだが、店をオープンするにあたっては、初めから発酵食品ありきではなかったという。
「環境が気に入って、ぜひここで店をやりたいと借りたんですが、この物件は小料理屋さん向けで、火力の強い中国料理はNGでした。なんとか中国料理をやることは許可をもらったんですが、ガスは強くできない。どうしても調理法が狭まってしまうところを、発酵や燻製、香辛料で補うようになったんです。中国では、火力に頼らずおいしい料理が出てくるところはたくさんあったので、工夫次第でどうにでもなるかなと」
中国料理は火力がなければできない、という思い込みを自身の経験が払拭してくれたというわけだ。また、店の規模もその工夫に拍車をかけた。「小規模な店なので、うまく食材を使い切ろうと考えた時に、発酵調味料と合わせたり、もろみ漬けや燻製にしたりするほうが、長期間保存できてロスが出ないんです。割り切って7割くらい電気調理にして、仕込みに手間と時間をかけています。当日の調理は時間をかけず、味つけもシンプルにして大丈夫なんです」
時間はかかるが、味がよくなるうえにロスも出ず、少ない調理法でも多様な料理ができる。発酵使いを最大限に活かした好例だろう。
発酵食品を使うことによって、水岡さんは多くの中国料理に用いられる旨味調味料をほとんど使わなくなったそうだ。
「旨味は発酵や燻製で得られるので、簡単に旨味調味料を使うのなら、手間をかけた自家製の調味料を使いたいと思うようになりました」
旨味調理料を使わないぶん、自家製の発酵食品や加工食品で物足りなさを補うのだという。しかし、発酵食品は香りや味にクセがあり、前面に出ると食べにくい向きもある。どういった考え方で、料理に取り入れているのだろうか。
「発酵食品は調味料のひとつとしてとらえています。そして、甘味、酸味、渋味、辛味など、それぞれが突出しないように食材を組み合わせて調整しています。スパイス用語でいう『マスキング』と同じ感覚なのですが、発酵食品の香りや味の個性は消さずに、味のパラメーターをバランスよくするイメージです。たとえば、発酵食品に酸味と甘味が入っていたら、辛味をほかの食材で足す。そうすると、お互いの尖った香りや味を消しつつ、より深みが加わるし、単体で使った時より食べやすくなる。味のバランス、食材の組み合わせのバランス、すべてはそこに尽きると思います」
組み合わせて調和させる、その考え方は、店名にある「南三」にも表れている。 「私の好きなエリアが、台南・湖南・雲南。その3つで『南三』としました。中国の人は郷土愛がすごくて、お互いの故郷の味を組み合わせる、ということは絶対しないんです。私は日本人なので、たとえばあの地域の調味料とあの地域の料理法を合体させたら、もっとおいしいなと考えることができる。うちの料理は、そのまま現地の味を再現するというよりも、いろいろ組み合わせることで、ひとひねり入れたいんです」
今も中国には年に数回訪れ、料理の発想を得ているそうだが、まだまだ、日本人が知らない発酵食品はかなりあるらしい。
「発酵食品だけに限りませんが、自家製調味料や漬け物など、いろいろ作って中国の食文化のおもしろさを知ってもらいたいと思っています」
水岡流の中国料理の広がりはとどまるところを知らなそうだ。
南方中華料理 南三
東京都新宿区荒木町10-14
伍番館ビル 2F B
03-5361-8363
● 18:00~21:00(最終入店)
● 日祝休
● コース 5000円
● 17席
澤 由香(本誌編集室)=取材、文 林 輝彦=撮影
text=by Yuka Sawa photos=by Teruhiko Hayashi