吉村博光(よしむらひろみつ)
大学卒業後、出版取次トーハンで25年間勤務。現在は、HONZや週刊朝日などで書評を執筆中である。生まれは長崎で、ルーツは佐賀。幼少期は福砂屋のカステラ、長じては吉野屋の白玉饅頭が大好物。美食家だった父は、全国各地へ出張するたびに本や名産品を買ってきた。結果として本とグルメに目がなくなり、人呼んで“美食書評家”に。「読んで、食らう」愉しみを皆様にお届けしたい。
昨年流行語になった忘年会スルー、今年のコロナによる時短営業…。外食での飲酒機会の減少が、飲食店の経営を直撃している。当然ながら、お店側としては酒を飲まないゲストに憤るのでなく、飲酒に頼るビジネスモデルを見直す時期に来ている。明らかにこれは、時代の変わり目なのだ。
本書は「飲めない」「飲まない」「飲みたくない」ゲコノミスト市場の開拓を提案する。思えば私の周囲にも、飲み会で毎回ウーロン茶をガブ飲みし、割り勘負けした上にトイレが近くなり、帰りの電車で何度か途中下車するような輩がいる。ある意味それは、飲み会という名の迫害といってもいいのかもしれない。
本書によると、日本人の半分以上がゲコノミスト(「飲まない」「飲みたくない」含む)なのだそうだ。ゲコノミストは、決してマイノリティではない。しかし、思い浮かべて欲しい。そのマーケットの大きさに対するノンアルメニューの貧しさを!最近充実してきた「ビールもどき」飲料も彼らは求めてないという。そもそも、発想が間違えているのだ。
著者はゲコノミストの藤野英人氏。かの有名な「ひふみ投信」を運用するレオス・キャピタルワークス社長でもある。多くのイノベーションがそうであるように、本書はゲコノミスト×著名投資家という交点の上で新たな発明として世に生み落とされた。飲食業界の方は、そこから学ばない手はないだろう。
2019年6月に藤野氏が「ゲコノミスト(お酒を飲まない生き方を楽しむ会)」というフェイスブックグループを作り参加を呼びかけたところ、1年足らずで3500人近くのメンバーが集まったそうだ。今はすでに4500人を超えている。参加メンバーは、度々「ゲコノミストが喜ぶ店」でゲコナイトを開催し、大いに盛り上がっているという。
「ゲコ=客単価が低い」という常識を疑ってみる必要がある。実際にそれを疑い、自ら知恵を絞り、成功をおさめている飲食店の情報が本書にはある。本書を読んで、ぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。次世代を生き抜くヒントが得られるかもしれない。
本書によると、お店のキャッチコピーとして、「ワインに合う料理」「日本酒にこだわった」と掲げているだけでゲコノミストは入りづらくなるらしい。私には「飲めないが焼き鳥は大好き」という友人がいる。そういえば、私の息子も幼い頃から鳥皮が大好物だった。
私は、彼らの需要が満たされていなかったことにあらためて気づいた。「お酒の飲めない人のための焼き鳥店」「子供が喜ぶ焼き鳥店」をやってみても面白そうだ。コンプライアンス面でも「脱アルコール型コミュニケーション」が求められるようになった昨今、ゲコノミクス市場開拓のヒントが詰まった本書は、ビジネスモデルを見直す新しい視点を与えてくれる。