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https://cuisine-kingdom.com/naotaka-ohashi-vol11
ボクは以前から、生産者と飲食店をつなぐフードキュレーターの活動をしているのですが、その経緯をお話ししたいと思います。
ボクは地元北海道から東京に上京し、地方の大都市を訪れないまま、フランスで働いたり、海外で食べ歩きをしたりしていました。そこで痛感したのは、自分が日本のことをいかに知らないかということ。
そうして「日本のことをもっと知りたい」という単純な想いから、休日を利用し日本各地を巡りました。訪れた先には、見知らぬ食文化や素敵な飲食店があふれ、さまざまな生産者や職人に出会えました。そんな方々を介し、別の生産者に出会うなど人脈が広がるにつれ、情報を自分だけに留めておくのはもったいない、シェアしたいと考えたんです。
適当な表現でないかもしれませんが、生産者や職人はオタク。一方、ボクはワインとサービスのオタク。だからこそ気持ちがわかる部分もあり、オタクの話、いわば哲学を聞き出すには、東京ではなく相手のホームに出向くのが一番だと考えています。
実際にやっていることは、「こんな〇〇を探している」という人に、適したものを提案するマッチングサービスのようなもの。ワインが器や調味料、ハーブに変わっただけで、人とプロダクトのペアリングを考える仕事だと思っています。
趣味で集めた情報を元に、よりよい食文化を紡げるなら、多少は“飲食人”として役に立てているのかもしれません。
「ティルプス」という店はなくなりましたが、ボクは相変わらず「ティルプスの大橋です」と自己紹介しています。もう店もないのに妙ですが、とても好きなワードだというだけです。ただ、今年の秋に「ティルプス」というブランドが香港にできます。料理もろとも復活するというわけではなく、ボクのやりたいことを叶える店として生まれます。
あいにく海外出店のノウハウは持ち合わせていません。今回も、よく店に来てくれていた香港の方からいただいたお話でした。戦略的なことも特にないのに、運がよかったというだけです。でもひとつ言えるのは、日頃から海外のレストラン事情を意識していたことは、こんな話を引き寄せた一要因だったかもしれません。「英語が話せれば」という場面が山ほどあるので、少しずつ勉強するつもりです。
一年間続いた連載も今回で終わりとなります。ボクのいい加減な「飲食店の作り方」は、参考にならない部分もあったでしょう。ただ、「こうしたら正解」というマニュアルはありません。
ボクはいろんな人に助けてもらいながら、レストランをやっていました。「ターニングポイントってこんなに訪れるの?」というぐらい、ツイていたように思います。でも、「カンテサンス」の移転の際に、独立せずにスタッフとして一緒についていっていたら、今のボクはなかった。仮に経営の失敗で店をつぶしていたとしても、後悔はしなかったはずです。
“やらなかった後悔”だけは、取り返しがつきません。独立だけでなく、転職や海外・地方への進出も含めて、タイミングが許せば挑戦したほうがいい。いろんな働き方があって、全部が正解だと思っています。
ボクは飲食の仕事しかできないので、この業界でまたいろんな人とつながることができれば嬉しいです。それでは、バイバーイ。
Q. 「サービスの仕事をしています。オーナーになるうえで大事なことはなんでしょうか?」
まずはサービスができること、そしてレストランを好きになることだと思います。そんな簡単なことが、難しかったりします。いろんなシェフとコミュニケーションをとる必要があるため、料理に詳しくなることも大切。国内だけでなく海外のシェフや料理を知ることで、自分の好みや方向性がわかってきます。食べ歩きも積極的にして、いろんな角度からレストランを見れば、サービスをしながらオーナーを務める立ち位置が見えてくるはず。
大橋直誉
フードキュレーター&「ティルプス」オーナー
1983年北海道生まれ。調理師学校卒業後、東京の「レストランひらまつ」に入社。退社後は、フランス・ボルドー二ツ星 「コルディアン・バージュ」のソムリエに。帰国後、白金台の三ツ星レストラン「カンテサンス」で働いたのち、「ティルプス」を開業。世界最速でミシュラン一ツ星を獲得。 現在は、店舗にてサービスを務めながら、フードキュレーターとしても活躍する。
本記事は雑誌料理王国300号(2019年8月号)の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は300号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。