1980年代からイタリアに渡り製粉会社のイタリア駐在員として農業加工品の輸入品管理業に従事する大隈裕子が、トマトをキーワードにイタリア20州の料理や食材の歴史を巡ります。
トスカーナ全体で消費されている古くからの食材と言えば、トスカーナのチーズ、主にペコリーノ、エクストラバージンオリーブオイル、オリーブなどです。さらに玉ねぎとニンニク、ひよこ豆、豚肉そして何より特徴的でこの州の料理の本質を教えてくれるのは、オリーブオイルをかけただけの一切れのパンです。
トスカーナのパンは無塩であり、厚い外皮とギュッと詰まった中身をもつ、小麦の風味豊かな田舎風のものです。ひと昔前まで農村では決まった日にしかかまどを使えませんでした。そのため大きく焼いたパンを少しずつ切りわけ、パンくずさえも集めて取っておくほど大事に食べられていたと言います。トスカーナでは硬くなったパンを利用した料理が豊富です。多くの料理の構成要素であり、相性のよい仲間としてトマトが材料に含まれるものが多いのです。いくつか代表的な料理を紹介しましょう。
最も有名なのはパッパ アル ポモドーロです。シエナで作り始められた農家の一品です。20世紀初頭にジャンブラスカのジョルナリーノで出版されたイラスト本で、この一品を引用して紹介されたことで、海外でも知られる料理となりました。
完熟した地元のトマトの皮を剥いて裏ごしし、古くなったトスカーナのパンと野菜のスープを準備。ニンニクを塗ったパンを油、塩、コショウで調味して、トマトで覆うのを鍋の中で繰り返して、弱火で1時間位、何度か混ぜながら煮込む、バジルを飾る伝統的な農民料理です。
パンツァネッラは、パンを水に浸し、庭の野菜と混ぜるという夏の地方の習慣に由来する冷たい料理です。乾いたパンを冷水に浸し、絞り、トマト、赤タマネギ、キュウリを加えて油と塩で味付けします。冷蔵庫で休ませた後、酢とバジルを加えます。
アクアコッタはマレンマ地方で羊飼い、牛や馬の世話をする人たちが動物の群れと一緒に数か月移動しながら家を離れて生活していた時に取っていた昼食です。まさに“水で煮る“の名のように、この一品は貧しい彼らが硬くなったパンに水を浸して煮ただけでした。乾パンに、あれば干し肉や干しタラなどの保存食を野菜と煮て塩味を出し、その中にパンを加えた、というものです。今の材料は水、乾いたパン、オリーブオイル、タマネギ、セロリとニンジン、トマト、ペコリーノチーズ、卵。香味野菜とトマトをオリーブオイルで炒め、水を加えて煮て、パンにかけて、チーズや卵を添えます。
アクアコッタはイタリア、トスカーナ州のマレンマ地方発祥の郷土料理です。acquacotta はイタリア語で「水で煮る」の意味です。古くから食されてきた庶民の食べ物で、水で調理する野菜と固くなったパンを使った温かいスープです。
リボリータは豆、パン、野菜でつくられる有名なスープで、多くの場合は残り物から作られています。バリエーションはたくさんありますが、主な材料は常に残りもののパン、カネリーニ豆、黒キャベツ、ニンジン、フダンソウ、セロリ、ポテト、タマネギなどの野菜です。野菜を煮込み、別の鍋に並べた硬いパンの上からこの野菜スープをかけます。そしてまたパンを乗せ、スープをかけてを繰り返し、数時間おいてパンに水分を吸わせます。夕食でも、翌日の昼食でも、再び熱した鍋に入れ弱火で再加熱します。好みで唐辛子を加えて仕上げます。
text:大隈裕子