オランダのコッパート・クレス社が開発した小さな小さな野菜が、欧米のホテルやレストランで親しまれています。クレス社と提携し、新ジャンル「マイクロハーブ」の生産を開始した村上農園ですが、日本独自の品種も含め数年で6.5倍の売上げに。クレス社の開発のきっかけとなったのは日本の和食でした。「見た目の美しさを大切にする」、「あしらいに季節感を取り入れる」といった日本食文化に世界が目を向けつつあることに注目したのが始まり。食文化が影響を与え合いながら逆輸入され、さらなる進化につながる。山梨県北杜市にある、村上農園の植物工場でお話を伺いました。
「山梨マイクロハーブ生産センター」は、自然光の降り注ぐ植物工場。親指サイズのシソの葉やバジル、香菜のほか、葉脈が赤いハーブ類も並んでいます。
「良かったら試してみてください」
手渡されたのは2種の「マイクロハーブ」。ふわふわとしたスポンジのようなパルプの培地に生えています。「紫蘇パープル」は小さな小さな赤紫蘇。葉をちぎって香りを嗅ぎ、口に含むと、赤紫蘇そのもの。もう1つの「四川花椒菜」は山椒を思わせる香りとピリリとした味わいで、花椒のよう。肉や魚など、合わせてみたい料理が浮かんできます。
「シェフのスペシャリテをサポートする素材を提案したいという思いを大切にしています。ユニークな形状など見た目も重要ですが、驚きのある味や香りも皿の重要な要素です。食材の代用や単なるあしらいを超えた、料理を成立させるもの、引き立てるものとして捉えています」。こう話すのは、事業室室長の福嶋治さん。
そういえば先日、豊洲市場の青果市場でも村上農園のマイクロハーブを見かけましたが、その際、味の説明に対して、どのような料理にどう合わせればよいか、一体感のある説明が印象に残りました。伺ってみたところ、村上農園は市場での試食会や勉強会も開催しており、現場の声をベースにした料理との相性などのアドバイスも行っているとか。新素材とあって、ヒントがあると扱うきっかけになると感じます。
「紫蘇グリーン」…大葉のミニサイズで力強い香り。魚料理などに。
「四川花椒菜」…山椒のようなテイスト。肉料理に。
「ウッディナッティ」…ナッツのように個性的な風味。カルパッチョなどに。
「ロックチャイブ」…細長い見た目が特徴でにんにくのような味が魅力。
「ハニーステビア」…驚きの甘味。まるで蜜のような甘さで、料理にアクセントを加えます。
(資料協力:村上農園)
福嶋さんが「マイクロハーブ」についてのヒアリングを日本のシェフを対象に行った際、当初から大きな反響があったそうですが、そこには納得の理由も。
例えば、ホテルの会合や結婚式などでは、同じ皿をたくさん用意しなくてはならないことが多いですが、皿ごとの個性が重視される一方で、時と場合によっては均一性のある料理も大切です。「効率的に美しく美味しい料理を作るお手伝いができると感じました」。
別の意味での業務用の特別感も感じたといいます。例えば、「ロックチャイブ」というハーブは、先に黒い帽子のような種の殻がのっています。ネギ系の種皮は硬く口に残るため、日本で流通させる際は種皮をとって出荷します。殻がついたままだとクレームにならないか心配していたところ、シェフは軒並み、「キュートだからそのままがいい」と口を揃えたそうです。「少ししか食べないし、気にならないよ」とも。
西洋のハーブ類が広く国内に流通し始めたのは90年代の初め頃からでしょうか。主にはカットしたものをパック詰めにして出荷されてきましたが、今もあまり変化はなく、根つきで流通しているものはほとんどありません。
「必要な時にその場で摘んで活用でき、根が張ったまま冷蔵庫で保存できたなら」。村上農園が「マイクロハーブ」で実現したのがこの形でした。そのままのサイズで皿に盛り付けられることも大きな利点です。「パルプ製の培地に根が張ったまま、水を保持して流通するので、キッチンでシェフがカットする瞬間まで鮮度が保たれます」。
出荷は全種類通年ですが、使う側も同じものが続くと飽きてしまうので、メニューを変更するたびに自由に変えられるとあって好評だとか。ただ、日本人は旬を大切にするため、夏はバジルやシソ、年末に向けてはレッドソレル、紫蘇パープル、アマランサスといった赤い種類の出荷が多くなるなど、需要の旬は自然と生まれているそうです。
レッドソレルは緑の葉に赤い葉脈の入ったクリスマスカラーですが、葉脈の入り方やサイズ感の修正なども、シェフの方々と相談して反映したいと考えているそう。現場の声を生かしてこそのマイクロハーブづくりなのだと実感しました。
栽培や経緯など、福嶋さんの詳しいお話は以下の通り
——欧米のレストランでのマイクロハーブの広まりについて伺えますか?
日本食の考え方の1つである、見た目を重要視する、添え物の面白さが注目されたのは、世界的な食文化の広がりの形と言えるでしょうね。欧米は個人経営のレストランが主流ですが、そこでかなりの需要があるそうです。EUにおいても家庭用ではなく業務用。どちらかというと、「飾りが楽しい」という感覚で受け入れられているようです。
——クレス社とのきっかけは?
2007年の国際スプラウト生産者協会で、彼らが、欧州でシェフ向けに発芽野菜の提供をしていることを知って意気投合しました。2008年には日本でマイクロハーブの試験栽培がスタートし、2014年には相互ライセンス契約。2018年に商品化が実現し、現在22品目です。
——マイクロハーブはスプラウト類とはどこが違うのでしょうか?
スプラウトが双葉の若い時期に摘み取るものであるのに対して、マイクロハーブは本葉ですので、生育期間も1ヶ月ほどと長く、ジャンルの違う野菜です。適正な栽培方法を確立するにはとてつもない時間と研究が必要なため、クレス社に倣った部分が大きいです。
——どのように栽培されるのですか?
培地と呼ばれる、土壌に替わるパルプに種を蒔き、吸水させて発芽させます。エアコンや加湿器で管理された促成室で本葉が出るまで育て、最後は緑化場で大きさや形、色も均一になるよう育てます。スプラウトは10日ほどで出荷できるので、培地は必要最小限の薄さで構いませんが、マイクロハーブは30日ほどかかるため、薄いと水の与え方も難しい。分厚く、乾燥しすぎず、腐敗せず、根がうまく入るなどノウハウが必要です。
——オランダは海抜0メートルですが、大農業国ですね
今でこそそう呼ばれていますが、土地は海抜0メートル以下で塩気もあり、日照時間も少ないため、元来は植物が育ちにくい土地です。逆転の発想で気候をコントロールする施設栽培に力を入れ、水をきれいにし、補光して、結果、高付加価値の農産物を生産できるようになった。現地には町全体がグリーンハウスの場所もあります。村上農園の施設も、規模は小さいですがクレス社と同じものなんですよ。
——赤い葉の秘密を伺えますか?
葉脈を生かすなど、赤色に仕上げるのはオランダの技術。日照が少ないため、品質担保の知恵から補光が考えられ、植物育成に適した特別なLEDを使っています。日本は主に冬場の使用ですが、日照が少ないとストレスで葉が赤くなるため、光のコントロールで葉の色作りを行っています。
AIによる水耕栽培 /村上農園スーパースプラウトファクトリー
https://www.murakamifarm.com/
text:吉田佳代
東京生まれ、立教大学卒業。出版社勤務後に独立。食からつながる文化や暮らしまわりを主に扱う。食生活ジャーナリストの会(JFJ)会員、日本紅茶協会認定ティーインストラクター。