環境や社会を意識しながら、無理なく美味しく食と向き合うヒントとなるようなフードテックの研究を続ける人々を取材し、プロユースにも役立つ持続可能な食の形を考えます。
「365日野菜の安定供給ができる。そんな植物工場を目指しているんです」
山梨県にある村上農園のスーパースプラウトファクトリーセンター長兼山梨北杜生産センター、加茂慎太郎さんは、印象的な一言から切り出した。
私自身がスプラウトを知ったのは30年以上前、都内にあった某ステーキレストランのサラダバーでのことだ。当時、水耕栽培野菜は、栄養成分の高さと目新しさで話題性があり、「栄養があるらしい」「体に良さそう」などと言いながら食べていたことを思い出す。
その後もパワーフードのイメージが強かったが、村上農園が昨年、日本最大級の完全人工型植物工場でブロッコリースーパースプラウトの生産を始めたと聞き、早速伺うことにした。
山梨県北杜市にある植物工場の標高はおよそ600m。水が綺麗で日照時間も日本一。水耕栽培に適した環境だそうだ。ここで栽培しているのは豆苗とブロッコリースーパースプラウト、マイクロハーブ。なかでも、11年前から生産しているのが太陽光型植物工場でつくる豆苗だ。ビニールハウスを進化させたような大型温室で、水と風の力で室内を冷却するエコな手法(パッド&ファン)を採用している。
そして、AIを活用して人工光で生産しているのがブロッコリースーパースプラウトだ。
―ブロッコリースーパースプラウトの工場は、SF映画に出てくる宇宙空間のようですね。
そうですね(笑)。丸い筒のような形をした大きな装置に種子を投入して、時々回転させながら水、空気、光を与えています。回転させることでスプラウトの発育による熱気を溜めないようにし、お互いが絡み合わないように均一に育つのです。パッキング前に水洗いをしているので、調理の際に洗う必要はありませんし、農薬も、もちろん使用していません。
―豆苗は太陽光のハウスですが、ブロッコリースーパースプラウトは、日光を当てずに半地下のような室内で育てているんですね。
豆苗は、太陽の光を浴びることで葉が青々とよく開き、栄養価も高くなります。一方、ブロッコリースーパースプラウトは、抗酸化・解毒作用など健康に寄与する有効成分「スルフォラファン」を高濃度に含んだ高成分野菜です。栽培環境を常に一定にコントロールすることで、スルフォラファンが高濃度に。発芽3日目が濃度のピークになるので、このタイミングでいかに安定的に出荷できるかを考えて日々の栽培管理を行っています。
―スルフォラファンは注目のファイトケミカルですね。
ブロッコリースーパースプラウトは米国ジョンスホプキンス大学が開発した高成分野菜ですが、有効成分・スルフォラファンにより大きく注目されるようになりました。村上農園は1999年に提携を結び、日本国内での生産を開始。以来、独自に栽培方法の改良を模索し続けてきました。今ではなんと、スーパースプラウト50gには成熟ブロッコリー1kgと同量のスルフォラファンが含まれているんです。
―ほぼAI稼働なのでしょうか?
環境が安定した半地下の植物工場なら簡単に安定生産が続けられるのではと思われるかもしれませんが、実際は本当にたくさんのデータを取りながら、どうすれば365日ずっと同じ品質のスプラウトを均一に作れるのかを突き詰めています。
種子が変われば発芽や生育の状態も変わり、水温や室温などの微調整が必要になります。
さらに、今後の展望について加茂さんに伺うと、
「現在のシステムであれば、どんな地域や場所でも、安心安全で品質の良い野菜を、年間通して生産できると考えています。気象条件や土壌に左右されることなく一年中生産できる植物工場の利点を生かして、食の安定供給を支えていきたいですね。また、経験や勘に頼らないスマート農業を推進して、年齢や性別を問わずに働きやすい環境を整えていければ」
という答えが返ってきた。
熱い思いが世界に伝わったのか、「ブロッコリースーパースプラウト」の工場システムは、2022年9月に初の海外進出を果たした。台湾でのライセンス契約がスタートしたとのことだが、これが、単なる工場システムのパッケージではない点に注目したい。
「植物工場の最新ノウハウを供与して、台湾企業が生産したブロッコリースーパースプラウトが現地で販売されるようになりました。ライセンス契約は栽培方法の疑問に回答するだけでなく、研究者、技術者の指導など細かいフォローも含みます。また、現地で生産した製品サンプルのスルフォラファンの濃度や品質を日本の当社研究所で確認。日本で研修も行い、現地販売の広報やマーケティングについてもアドバイスを行います」
AI農業と一口に言っても、ベースは人の経験や感覚、地道な研究データありきなのだ。丁寧な指導やフォローあってこそ、実際の活用につながるのだから。数年先にはどのような広がりを見せているだろう。今後も注目していきたい。
取材時の昼食として頂いたのが、ブロッコリースーパースプラウトのサンドイッチ。ハムやチーズなどと一緒にスプラウトがたっぷりで、村上農園のスタッフによる手作り。大根や山葵に近い辛味成分がピリリとアクセントに。味わい重視で料理に使えて栄養も摂れる、一石二鳥の素材だと感じた。野菜自体が細かいため、切れやすく食べやすいので高齢の方にも喜ばれそう。水洗いの必要もなく、包丁いらずで使える利点が生かされていた。実は、名だたる高級割烹店やフレンチ、イタリアンなどでも活用が伸び続けていると伺い、実例を聞いた。
・某高級割烹店では刺身のつまの代わりに使用。この店では大根のつまを剥く修行を2年もの間行うが、そのせいで辞めてしまう新人もいる。そこで、つまの代わりに。かつての健康ブームからのファンも多く、高齢者にはリピーターが多いためか、こういった使い方をしているのを知ると、店側の健康を気遣う姿勢を喜ぶ方、褒める方が多かった。
・ブロッコリーや茎ブロッコリー、ブロッコリースーパースプラウト、グリーンピースと豆苗など、親野菜と発芽野菜の組み合わせでメニューに。
・生と、サッと揚げたスプラウトを合わせ、グリルした肉類にトッピングして食感の違いを楽しむ。油で短時間揚げた程度では、スルフォラファンの吸収率に問題がないため、健康面と食感両方の意味で良い。
・すり流しにしてソースにしたり、凍らせて、冷たいポタージュにする。
・納豆にプロセスチーズ、オリーブオイル、塩胡椒と混ぜて朝食にするのは社員の定番。ホテルの朝食や学校給食、病院食への活用も増えている。
・そのまま肉料理に添えたり、サラダに使用する際、「体にいい食材」と言うことを伝え、スーパーフードとしての側面をお伝えしている。
AIによる水耕栽培 /村上農園スーパースプラウトファクトリー
https://www.murakamifarm.com/
text:吉田佳代
東京生まれ、立教大学卒業。出版社勤務後に独立。食からつながる文化や暮らしまわりを主に扱う。食生活ジャーナリストの会(JFJ)会員、日本紅茶協会認定ティーインストラクター。
photo:吉田佳代,さくらいしょうこ