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【コラム】和食マナーでの箸の極意


現在は一線を退かれた、料理研究家小林カツ代さん。ぼくはカツ代さんが下北沢にラーメン店を開く際、「ラーメンキッチンあさの」というネーミングをはじめとし、メニューやDM、プレスリリースなどの作成を、お手伝いしたことがあった(現在は残念ながら閉店)。

この店の特徴は、主婦の立場で作った「おいしくって体にいいラーメン」。加えて、店舗を女性にも入りやすいようにカフェ風にし、スタッフもほとんどが女性。そんな新しいコンセプトの店をスタートするにあたり、試食を兼ねたスタッフトレーニングの場にぼくも参加させていただいた。

そこで、新規に採用した若い女性スタッフを集めカツ代さんが放った第一声は「みんな、お箸を持ってごらんなさい」。ラーメン店に働きに来た女性たちは意図がつかめず一瞬キョトンとするが、続けてカツ代さんは「今からみんなの箸の持ち方使い方を直します。なんでそんなことするんやろと思うかもしれんけど、将来絶対にその意味がわかる日がくるからね」とやさしく付け加え、さっそく指導を始めた。ぼくはこのカツ代さんの姿勢に感動し、その場にいた女性たちも本当に幸せだと、うらやましく感じた。

多くのマナー本が出版され日本料理の作法について詳らかに語られているが、そこに箸使いの記述や解説が少ないことをまず残念に思う。また、たとえば「上座はどの位置か」という点だけを見ても、一定の法則はあれど現代の部屋の構造自体が作法に則っていない場合が多く、それを特定するのはかなりむずかしい。食べ方ひとつでも、刺身は切り身側にわさびをのせ醤油をつけるのが常識かと思いきや、ある高名な料理人は、わさびは醤油に溶かして食べたほうがうまいと語っている。特に日本料理の場合、作法やマナーをマニュアル化すること自体に困難があると思う。言い換えれば、どんな状況でも自分個人を潔く端正に見せることができれば、和のマナーの多くはクリアできるのではないだろうか。そしてその最大の条件こそが「箸」。特に食を愛する女性の正面で食事をするなら、その箸使いが巧みで洗練されていればいるほど、きっと相手の心をときめかせるだろう。つまり、きちんと箸が使えて、箸の上げ下げテクニックを体得すれば、和のひとときで恥をかくことはないと確信する。

箸使いには40年来のへんなクセがついちゃったからなあと嘆かず、今日からでも、正確に使える人の動きを参考に日々の食事で矯正をしてほしい。それと、なかなかうまくいかずとも、できるだけ箸先から遠い位置で箸を持つよう心掛けよう。それだけ実践してもかなり優雅に映る。

続いて箸の上げ下げである。これには多少の極意と鍛錬が必要だ。

それは、おじさん世代なら誰もが一度は経験した剣道の作法と同様なのです。腰だめにした竹刀を抜いて構え戦い、試合が終わったら改めて腰に戻しそんきょの姿勢をとる。そのときの機敏で美しい流れを思い出してください。

①箸は使わないとき必ず箸置きに置く。②箸を使う際は左手でまず箸の真ん中あたりつかみ持ち上げた後、右手に持ち替える。降ろすときも逆のやり方をする(剣をさやから抜き、使った後ていねいにさやに戻す心意気)。③左手にお椀を持っている場合は、右手で箸を持ち上げ、左手の薬指と小指の間に箸先を挟んで固定し、右手を持ち替える。戻すときも反対の流れ。

これをいかに自然にそして剣を扱うよう淀みなくできるかどうかは練習次第。マスターすれば、どんな和の環境で食事をしても、日本人として大人として、そして素敵なおじさんとして、同席者からもそして料理人からも確実に一目おかれるに違いない。

加えて言うなら2点。料理を口に運ぶ際に手を添えるのは間違い。日本料理における器は手の延長と考えられているので、どんな器でも持ち上げてよい。たとえ刺身醤油用の皿でも同様。

そして、最後にご飯が出されたなら、お茶碗には一粒も残すことなく綺麗に食べよう。その際も箸の使い方が確実に決め手となるわけだが

伊藤章良
本業はイベントプロデューサーだが、3年間にわたって書き続けた総合サイトAll Aboutの 「大人の食べ歩き」では、スジの通ったレストランガイドの書き手として人気に。

本記事は雑誌料理王国第150号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第150号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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