アル・ケッチァーノ、奥田政行シェフが目指す地産地消の道

編集長の野々山が、取材先で出会った様々なエピソードを綴る美味日記。2022年の最後は、アル・ケッチァーノ、奥田政行シェフの1年の取材を振り返ります。

編集長の野々山が、取材先で出会った様々なエピソードを綴る美味日記。2022年の最後は、アル・ケッチァーノ、奥田政行シェフの1年の取材を振り返ります。

横浜の入り江を全席スケープ出来るから、「イリエスケープ」と名付けたレストラン。2021年10月にオープン。
横浜の入り江を全席スケープ出来るから、「イリエスケープ」と名付けたレストラン。2021年10月にオープン。

山形県に奥田政行という有名なイタリアンのシェフがいる。僕がフランス系の料理雑誌に関わっていた2004年頃からそのシェフの名前は知っていました。奥田さんが「アル・ケッチァーノ」というイタリアンレストランを山形県鶴岡市に開いたのが2000年。実は山形へは何度も仕事で行きましたし、趣味の釣りでもアル・ケッチァーノのすぐ近くの温海温泉には20代の頃から何度も行く機会がありました。でも、鶴岡市の中心まで出かけたことがなく、奥田さんは名前だけ知っている気難しそうで頑固な人、というイメージがありました。ところが、昨年の4月、コロナ禍で時間ができたので「ゆで論」を書きましたと言って僕の前に現れた奥田さんは、初対面とは思えない気さくな感じの人でした。
「アル・ケッチァーノ」というのは庄内弁で「(ここに全部)あるからね」という意味。わざわざ遠くから食材を取り寄せなくても、最高においしいものはここにある。そんな意味を込めて名付けた、とか。2009年に銀座の山形アンテナショップの2階にオープンした「ヤマガタサンダンデロ」は、「山形さんでしょ」から名付けたし、銀座のオリオン寿司は、オイルのイタリア語、オリオがシャリの上にオンだからオリオンだし。去年オープンした「イリエスケープ」は、横浜の入り江を全席からスケープ出来るから名付けたとか。僕が関係する店の名前は全部ダジャレから付けています、と真面目な顔で説明してくれました。
 実は去年のふるさと納税は12月31日にしたのですが、締め切りの最終日だったため、何にすればいいのか?? と時間がなくて焦っていました。その時、膨大な返礼品リストの中に、偶然、山形県鶴岡市のヤマガタサンダンデロの食事券を発見! ギリギリで申し込み、今年の4月に行ってきました。その時の料理がこれです。

鶴岡市のふるさと納税の返礼品がヤマガタサンダンデロの食事券。庄内産へのこだわりは見事でした。
鶴岡市のふるさと納税の返礼品がヤマガタサンダンデロの食事券。庄内産へのこだわりは見事でした。
全てが山形産にこだわった料理の数々で、庄内の食材を満喫しました。当日は18時に伺ったのですが、終了したのが23時頃。なんと5時間余りの饗宴。満席になった客席から奥田シェフへの拍手が何度も起きていました。
全てが山形産にこだわった料理の数々で、庄内の食材を満喫しました。当日は18時に伺ったのですが、終了したのが23時頃。なんと5時間余りの饗宴。満席になった客席から奥田シェフへの拍手が何度も起きていました。
全てが山形産にこだわった料理の数々で、庄内の食材を満喫しました。当日は18時に伺ったのですが、終了したのが23時頃。なんと5時間余りの饗宴。満席になった客席から奥田シェフへの拍手が何度も起きていました。

奥田シェフは今年の7月に鶴岡市にある本店を移転して同じ鶴岡市に新本店をオープンさせました。
「僕の第一ステージは、庄内の食材の素晴らしさを、料理を通じて知ってもらうことでした。第二ステージは、そうした食材を安心して作り続けてもらえる場所を増やすことでした。そしてこれからは、全国からここ庄内に人が集まり、集まった人も生産者もみんなが幸せになる仕組みを完成させることが目的です。僕が死んでもこの店は残る(笑)から、その後もずっと素晴らしい生産者が代を重ねていけるようにしたい」と、7月の料理王国web版の取材に答えています。
庄内の食材を全国区にして、生産者を守りたいという思いから始まった奥田シェフの料理人としてのステージ。詳細は、web版でぜひご覧ください。
「開店以来、地産地消とかオーガニックなどという言葉が一般的になるずっと前から、ただひたすら、信頼のおける庄内の作り手の食材にこだわって料理をし続けています」と奥田さんが著書「田舎町のリストランテ、頑張る」で書いているように、この姿勢を20年以上、ずっと貫いてきたことはすごいことだと思います。鶴岡市は、2014年12月に「ユネスコ食文化創造都市」に認定されました。大切に受け継がれてきた鶴岡の食文化は、日本人が本来もつ食の豊かさと、その原点を気づかせてくれる「食の理想郷」へと、その一歩を踏み出したのですが、その認定も奥田さんの尽力がなければ実現できないことだったと思います。ガストロミーツーリズムという発想から、庄内は、観光客を呼び込もうとさまざまな取り組みを始めていますが、それも奥田さんが呼びかけたこと。今では、北海道三笠市や大分県臼杵市など、全国の地方自治体のさまざまな取り組みの見本となっているようです。
 
そんなパワフルでユニークな奥田さんに、料理王国は今年ずっと注目してきました。創業270年の陶磁器の老舗、たち吉が始めた、作家ものの器の、プロ向けのサブスクリプションという事業に、シェフとして初めて参加していただきました。サステナブルに通じる器のサブスクは、全国の小規模な器作家たちの生計を成り立たせるためにも必要という趣旨を理解していただいたのです。器の作家も食材の生産者も、いなくなっては困ります。

たち吉の担当者と鶴岡市の新本店で使う器のサブスクの話をする奥田シェフ。
たち吉の担当者と鶴岡市の新本店で使う器のサブスクの話をする奥田シェフ。
いくつか持ってきた器からいいものを選んでという話が、とにかく全部に盛り付けてみようということになって、あっという間に料理が全ての器に盛られていきました。
いくつか持ってきた器からいいものを選んでという話が、とにかく全部に盛り付けてみようということになって、あっという間に料理が全ての器に盛られていきました。
最後の仕上げに、タイの頭にキャビアを盛り付けてフォークで刺した一皿を!
最後の仕上げに、タイの頭にキャビアを盛り付けてフォークで刺した一皿を!
こんな商品名のお茶まで監修しています。
こんな商品名のお茶まで監修しています。

奥田シェフへの今年の料理王国の取材は、長野県の白馬村まで続きました。2022年12月21日から2023年3月26日の期間中、白馬村和田野のホテル「ラ・ネージュ本館」の館内に、奥田シェフが手掛ける「アル・ケッチァ−ノ」が出店したのです。奥田シェフは「冬季の売上、雇用維持の課題について新しい提案を頂いて助かっている。若手スタッフが白馬村で共同生活することで新たな仲間意識も生まれ、スタッフの自主性が育まれるいい機会にもなる」と、新たな機会への期待感を漂わせていたとのこと。こちらの詳細もweb版でぜひご覧ください。

地産地消は地方創生事業を考える上での大切なキーワードです。そのことを20年以上にわたって実践してきた奥田シェフの取り組みには本当に頭が下がります。それも明るく分かりやすく熱く、奥田流で語るのですから、全国各地にファンが増えるのも当然ですね。山形県のイタリアンの有名なシェフとしての名前しか知らなかった奥田さんの本当の実力は、やはり現地に行かなければわからないと思います。来年はぜひ、鶴岡の新本店のシェフズテーブルで美味しい庄内食材の数々を、奥田さんの解説入りでいただきたいと思います。
今年最後の美味日記で奥田さんを取り上げた理由。それは、奥田さんが全国各地に10人いたら、きっと地方創生はうまく回り出すと思う願望から。奥田さんのやっていることを世の中の1人でも多くの人に伝えるのも、メディアとしての大切な役割だと思うからです。料理王国はこれからも奥田シェフに注目していきます。奥田ファンを増やして、オクダイズムを実践する人たちを応援していきます。持続可能な地産地消の社会の実現のために。

では、皆様、良い年をお迎えください。

text・photo:野々山豊純

関連記事


SNSでフォローする