人気ドラマ「グランメゾン東京」でも憧れのレストランとして取り上げられ、3月22日に行われたフランスミシュランでも35年目の三つ星を誇るランブロワジー。去年9月、改装を終えたばかりのランブロワジーに訪問、オーナーシェフのベルナール・パコー氏に直接お話を伺う機会に恵まれた。10カ月間のリノベーションを経て、20年春に就任した吉冨力良料理長のもとで新しいスタートを切ったランブロワジー。今とこれからについて、パコーさんの肉声を3回に渡ってお届けしてゆく。
text.Kyoko Nakayama
仲山: この度は貴重なお時間をありがとうございます。変わり続けるランブロワジーというテーマでお話をお伺いしたいと思います。
パコー: ランブロワジーは変わるけど、ベルナール・パコーは老けていく(笑)だね。 ランブロワジーは変わっていくよ。厨房設備は以前と変わらないアナログな設備だけど、内装は 少し改装したし、それによって店内の雰囲気も多少変わった。料理の内容も少しずつ変えている最中だよ。でも僕の料理の基礎、トラディショナルなテーマというのは変わらないよ。
仲山:ランブロワジーの料理のスタイルを、パコーさんはCuisine de civilitéとおっしゃっていますが、具体的にはどういう意味でしょうか?
パコー:Cuisine de civilitéそうだね。僕にとってのCivilité (敬意、礼儀) というのは、素材への敬意、お客様への敬意、ランブロワジーの従業員や、業者さん等、全てに…。だね。
仲山:敬意のある料理、とてもパコーさんらしい感じがします。ランブロワジーという名前とも、関わっているのですね。
パコー:何故店名をランブロワジーにしたかというと、僕の妻 (ダニエル・パコー)が決めたんだ。店名を決める時に自分の名前 (Restaurant Bernard Pacaud) というのは、あまり良くないなと思ったし、他の店名が良いと思ったんだ。L’Ambroisieという店名は妻が「とても綺麗でしょ」と勧めてきた。でも、僕はちょっとどうなんだろうと思った。正直、うぬぼれの強い、気取った料理人がつけるような店名に感じたんだ。でも、ランブロワジーというのは「神饌」(ギリシャ神話に登場する神々の食べ物。古代ギリシャ語で「不死」を意味している)、つまり、神に捧げる料理、という意味。だから意味が気にいって、この名前にしたんだ。あと、僕がお店を開くとき、他のフランス料理のシェフ達が店名に古代ギリシャ語をつけるのが流行っていたということもあるんだけどね。アラン・サンドランスのラルケストラート(L’Archestrate)や、アピシウス(Apicius)とか。
そこで、思い切ってランブロワジー(神饌)という名前でやってみた。 結果、心配いらずだったね。なぜなら、ほとんどの人がこの古代ギリシャ語の店名の意味を知らなかったんだ。さっきも言ったように、ランブロワジーというのは神に捧げる料理「神饌」という意味なんだけど、 神々の飲み物はNectar (ネクター) というんだ。
皆、ランブロワジー(神饌)とネクター (神々の飲み物、蜜) を混同していたしね。きっと、神々の飲み物というのは蜂蜜の10倍は甘いんじゃないかな。
仲山:なんと言っても、天上の飲み物ですものね、どんな味がするんでしょうね。先ほどおっしゃっていた、敬意とはどんなものでしょうか?
パコー:お客様は王様のようなものだし、尊敬と敬意はもちろんある。いろいろなお客様がいらして、すごく良いワインを飲んでくださる方もいらっしゃれば、全くワインを飲まれない方もいらっしゃる。でも僕らにとっては、どのお客様も皆、同じお客様なんだ。たくさんお金を使って下さるお客様と、そうでないお客様とを分けたりは絶対にしない。僕らはお客様がお店を訪ねて下さって、 そこで歓びを感じていただくためにいる。それだけなんだ。
仲山:今回の改装の際のテーマは、どういうものでしょうか?
パコー:最近の改装のことかい?ここの壁には綴織壁掛 (タピスリー) があったんだ。昔のタピス リーで19世紀のものだったかな。野菜をモチーフにしたものだったり。でも気に入らない物もあったんだ。それは、王冠だったり紋章の描かれたタピスリーなのだけれど、それを見たお客様が、僕と関連づけて、AはL’AMBROISIEのAで、BはBernardのBなんだという風に、権力を象徴してるかのような事を連想するのが嫌だったんだ。あとタピスリーは19世紀の古い物で、僕もちょっとうんざりしていた。それに付け加えて、多くのお客様から「このタピスリーは古すぎる」というお声をいただいていた。だから内装を変えてみたんだ。
でも内装を変えた後、面白い事に、あるお客様は新しい内装をとても良いと言って下さるんだけど、またあるお客様は以前の内装の方が良かったのに、なんて事を言われる。以前の内装が良かったとおっしゃる方からは、他のお店には同じような内装のない唯一な物だったし、歴史あるヴォージュ広場に面しているからだと。
それでも、僕は変えたかった。
何か、新しい風を入れたかったし、コロナ禍で10ヶ月程ランブロワジーを閉めていた後、お客様がまたお店にいらしたときにランブロワジーが、どこか新しく変わっているという事を感じてもらう事が僕にとって、とても重要だったんだ。料理にしてもそうだね。基本的な料理の哲学は変わってないけど、チカ (吉冨力良氏のこと。ランブロワジーでは皆から、チカと呼ばれている) をはじめ今は若い世代の料理人が厨房にいる し、彼等がたくさんの事を僕にもたらしてくれる。
あと、これはあまり僕自身が言う事じゃないけど、僕も60年の料理人歴がある。彼ら、若い世代の料理人の知らない知識を彼らに与える事ができる。だからクラシックな料理や伝統的な料理を 基本にして、彼らと話し合いながら新しい物に昇華させることができると思うんだ。
時代は変わる。その変わりゆく時代に再び入っていかないと、未来をひらいていけないでしょう。
ちょっと今も話しながら考えてたんだけど、「内装」を語るんだったら、そうだね。ここは17世紀の 建物なんだ。ルイ13世がここで寝ていたんだ。ここにレストランを移転した時、この歴史的な内装は絶対に保存しなくてはならなかった。料理も一緒だね。 クラシックな料理という大事な部分は保存していかなくてはならないけど、それを基本にしてそこに今のモダンさや、装飾だったりを加えて、変えていかなくてはいけないんじゃないかな。
この部屋の天井の装飾はマンサール (Jules Hardouin – Mansart 17世紀に活躍したフランスの 建築家。のちにヴェルサイユ宮殿の設計等も手がける) がやったんだ。当時は木だったから、そのままではなく、改装はしてあるけれどもね。この床もそうだね。 ランブロワジーの上の階に「建築協会」があるんだけど、そこもそうだよ。ランブロワジーの内装はそういった歴史的建造物のヴォージュ広場というところから、インスピレーションを得て装飾したんだよ。この歴史的な場所に沿った内装にしないとね。料理もそれと同じように、歴史と現在を適応させてるよ。
僕が頼んでいる内装建築家 (François-Joseph Graf 氏) とはもう40年の付き合いもあるし、ランブロワジーも何か進展させたかったんだ。
鏡もそうだね。とても昔の鏡で18世紀の物じゃないかな。水銀が入ってるし、特に女性なんかは この鏡で自分を見るとより美しく見えるんだ。この鏡じゃなく普通の鏡で見たらちょっと太って見えたり、ちっちゃく見えたりするんじゃないかな (笑)
ランブロワジーの新しい内装は、元々ここにあった18世紀の鏡を再利用して使ってあるんだ。 照明も、昔はフィラメント電球を使っていたんだけど、室内温度が高くなり、天井はすぐ黒くなる。 だから毎年塗り直ししていたくらいなんだけど、今はLEDを使っているんだ。 この壁の部分は350個のLEDを使っていて、赤く光るんだよ。夜なんかはディスコみたいになって結構面白いよ(笑)
そういった新しくした部分もあるのだけど、もちろん昔の物もちゃんと残したよ。 この鏡だったり暖炉なんかは18世紀のものだね。椅子は19世紀の物じゃないかな。ゲリドン (guéridon 小型円卓) はアールデコ様式の物で19世紀だね。 もちろん、全く手をつけてない物もあるし、修復した物もあるよ。
仲山 :この赤い壁のデザインはアール・デコのような感じがするのですが、そうなのですか?
パコー:そうだね。アール・デコかな。
仲山:見ていると、モダンアール・デコみたいな感じがします。
パコー:どうだろうね。そこは頼んだ内装建築家に聞いてみないとね。確か、彼も初めてこのような内装デザインをしたと思うよ。彼も今までにやった事無いって言っていたからね。彼は10年間、ヴェルサイユ宮殿の改装を手がけていたから、ちょっとヴェルサイユ宮殿の鏡の間を意識したのかもね。床に敷いていた大きな絨毯も前はクラシックなデザインだったけど、それも壁のデザインに合わせて変えたんだ。
仲山:その内装建築家の方が全てデザインされたのですか?
パコー:そうだね。他にも調度品の指物師や、天井などの装飾の石膏職人。店内照明の照明技師なんかも各々参加してくれたね。大変な工事だったよ。 銅だったり、石膏だったり、木だったりたくさんの物が使われているんだ。素敵でしょ。職人の仕事だね。
仲山:このヴォージュ広場に移転した時に、若い方に内装をお願いされたと何かの記事で拝見したのですが、今回はベテランの方に内装の変更を依頼されたのですか?
パコー:いや、ここに移転してきた時、内装を手がけた人達と全く同じ人達だよ。指物師や石膏職人、照明技師、みんな同じだね。銅だけ新しい職人の人かな。あとは皆同じ人。カーテンも同じ人。35年前にここをやってくれた人と皆同じ人達だね。親の代から子供の代に世代交代してる職人もいるけど、同じ哲学、同じ美的感覚でやってるから変わっていないね。
仲山:35年前にこの内装を手がけた人達が、また同じ空間の改装をされた。とてもロマンがありますね。このお店の内装を手がけた皆さんは、後に有名になったとお聞きした事があるのですが、それは本当ですか?
パコー:そうだね。特に内装建築家だね。彼と出会ったのはこの場所に移転する前のお店 (L’Ambroisie は一度移転している。以前はノー トルダム大聖堂の裏手のセーヌ川沿いにあった) で、そのお店の近くに彼も住んでいてお客様として食事に来ていたんだ。その時彼はヴェルサイユ宮殿の内装を手がけていて、彼の初期の内装デザインはそうだね「まさにフランス」って感じだった。フランス共和国っていうか、クラシックなデザインだね。僕はあんまり好きじゃなかった。 彼もこのお店を手がける前は、このレストランみたいな一般の施設の内装を手がけた事がなかったんだ。アパートの内装はやったみたいだけど、アパートとレストランは違うしね。いずれにしても、そんな経緯もあって、ここの内装を彼に依頼したんだ。
僕は、こうやって一般のお客様が彼のセンスを堪能できる空間があるということは凄く良い事だと思うんだ。「この石膏は誰がやったの?この照明は?調度品は?」なんてお客様から聞かれたら、この石膏は ムッシュ〜で、この照明はムッシュ〜で、みたいな感じでいろんな人に知ってもらえる。それは、素晴らしい事だと思う。
内装建築家は、そのあとイヴ・サンローラン等、フランス国内に限らずロンドンやアメリカ、ギリシャ等、海外でも有名な顧客の内装を数々と手がけたんだ。僕がヴォージュ広場に移転するタイミングで彼もヴェルサイユ宮殿から独立して彼自身の会社を立ち上げたんだ。駆け出しの頃は僕達の事なんて誰も知らなかったんだけどね。
そうそう、忘れないでほしいんだけど、ランブロワジーの店内は3つの部屋に分かれているんだけど、一番入り口に近い部屋は一度も改装してないよ。床は17世紀当時のままだし、壁に大きな綴織壁掛 (タピスリー) があるのだけど、それもオープン当時のままの重厚なクラシックな感じだね。歴史的遺産価値の高いヴォージュ広場を象徴するものでもあるからここの内装はあまり触らないようにしているんだ。
実はね、僕はここの空間が一番気に入っているんだ。
2022年3月8日
インタビュー・文:仲山 今日子/翻訳:吉冨 力良/写真:Hiroki TAGMA
ワールド・レストラン・アワーズ審査員。元テレビ山梨、テレビ神奈川ニュースキャスター。シンガポール在住時、国営ラジオ局でDJとして勤務。世界約50ヶ国を訪ね、取材した飲食店や食文化について日本・シンガポール・イタリアなどの新聞・雑誌に執筆中。