食のスペシャリストを育み、飲食業界の活性化に貢献したいとの思いが新たなカタチに ミシュランガイド×三井不動産 第1回「MASTERCLASS CHEFS TO CHEFS~未来を担うシェフたちへ」東京・日本橋で開催


魅力ある優れた飲食店を紹介する『ミシュランガイド』の出版により、多くの才能を見出して情報発信を続けてきた日本ミシュランタイヤ株式会社が、三井不動産株式会社の協力を得て、新たな試みをスタートさせた。

それが、今春、第1回目を迎えた「MASTERCLASS CHEFS TO CHEFS」だ。

この企画の狙いは、ミシュランガイド掲載店のシェフが、自らの貴重な体験や料理に対する考え方、さらには時間をかけて培ってきた技術までも惜しみなく公開して、未来を担うマスターシェフを育成しようというもの。

長引くコロナの影響で、将来料理人をめざす人や、より高みを目指す料理のプロたちは、経験を積むチャンスを奪われてきたが、ようやく明るい兆しが見えてきたこの時期に、ガストロノミー業界に貢献したい―—。こうしたミシュラン側の思いと、食産業の発展が社会全体の活性化につながるとして「日本橋を食の産業創造の中心地にしたい」と取り組む三井不動産側の思いが合致しての企画だ。

グランシェフの生の声、
貴重な体験の中に次代を担うヒントがある

記念すべき第1回目の講師に選ばれたのは、東京・浅草駒形にあるフレンチレストラン「ナベノズム」でエグゼクティブシェフを務める渡辺雄一郎さんだ。

開催に当たり渡辺シェフは、

「フランス料理の意義を考えて日本でスペシャリテを作るポイント、店づくりのテーマの必要性やブランディング、スタッフとの接し方など、幅広くお話しさせていただき、トップバッターとして最善を尽くしたいと思います」と意気込みを語った。

渡辺シェフは、2004年、シャトーレストラン「ジョエル・ロブション」のエグゼクティブシェフに就任。このレストランは、ミシュランが日本に上陸した年に三つ星に選ばれ、以後、それを維持し続けた。「今日は、あえてロブション時代のコックコートで参加させていただくことにしました」と語った。

渡辺雄一郎

1967年、千葉県生まれ。88年、大阪あべの辻調理師専門学校卒業後、同校フランス校シャトー ド レクレールに進学。91年に渡仏し、リヨンの一つ星「ラ・テラス(シェ・アントナン)」にて1年半修業、魚料理部門シェフを勤める。帰国後、「タイユバン・ロブション カフェフランセ」のシェフ、シャトーレストラン「ジョエル・ロブション」 のエグゼクティブシェフなどを務め、2016年に独立。同年一つ星を獲得し、2018年より二つ星を維持し続ける。

この日の参加メンバーは、将来食のプロデューサーを目指す学生から、料理人、レストランを多店舗展開するオーナーなど多彩。フランス料理、イタリア料理、中華料理やタイ料理など、料理のジャンルもさまざまで、なかには研修のつもりで海外から訪れたというシェフまで加わった。

しかし、いずれも「渡辺シェフの料理に対する考え方や、将来への展望を聞きたい」という思いは同じ。

渡辺シェフは、そうした参加者を対象に、まず、自身の「料理人生」から語り始めた。

というのも、渡辺シェフといえば、フランスの名店や、東京「ル・マエストロ・ポール・ボキューズ・トーキョー」で腕を磨き、その後は、世界で最も多くミシュランの星を持ち、「世紀のシェフ」とまで称えられたジョエル・ロブション氏に21年間仕えた実力派。恵比寿にあるシャトーレストラン「ジョエル・ロブション」では11年にわたりエグゼクティブシェフ務め、三つ星をキープし続けた。

「私の修業時代はネットも何もなかったので、ミシュランガイドを頼りに時間とお金の許す限り名店を訪ねて味わい、いろいろ勉強しました。その際、食べ歩きノートをつけていたことが貴重な資料となりました。料理の味やお店の雰囲気だけでなく、サービス内容や料理の値段についてもしっかり記録しておくことが大切」などと語る渡辺シェフ。修業時代からの細かなアドバイスにも成功のヒントが。
©Michelin
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そんなシェフのトークには、今は亡きロブション氏の教えや愛情を物語る生の声などがちりばめられ、参加者の胸を打つ場面も少なくなかった。

エピソードを聞くだけでも貴重な体験となるため、それらを聞き逃すまいとして耳を傾ける参加者たち。さらに渡辺シェフは、三つ星をキープし続ける重圧についても語り、その後、独立してからの店のコンセプトの決め方や、働きやすい環境づくりやスタッフの教育に至るまで、包み隠さず話してくれた。

シェフの感性と独創性が光る
スペシャリテが人を呼ぶ

渡辺シェフが自らの名を冠したレストランを開いたのは、2016年 7月7日、49歳の時だった。店のコンセプトからイメージカラーなど、すべてを熟慮して決定し、多くの老舗が軒を連ねる浅草駒形で、おいしくて、しかも個性ある料理をいかに展開するかについても、たっぷり時間をかけて考えたという。

今回の企画では、試行錯誤の末、さらに微調整を重ねたというオリジナリティー溢れるアミューズやスペシャリテについても、デモンストレーションで細部まで解説した。

フランス食文化の核となるバターと、浅草を代表する味のひとつに挙げられる雷おこしとを組み合わせた「雷おこしのカナッペ」、名店の蕎麦粉で作った蕎麦がきに昆布のジュレやウォッカクリームなどを合わせた「蕎麦がき」、最中に季節の食材を挟んだ「種亀最中のミニタルト」など、いずれも渡辺シェフの世界観を表す料理として定着したものばかりだ。

「雷おこしのカナッペ」の雷おこしは、御徒町にある老舗「大心堂」の古代黒糖バージョンを使用。組み合わせるバターには、恩師であるロブション氏の故郷ポワトゥーシャラント産の発酵バターを使用している。
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渡辺シェフのスペシャリテのひとつ「蕎麦がき」には、両国「ほそ川」の蕎麦粉を使用。ロブション氏の料理の中で感銘を受けたひと皿「ジュレ・ド・キャビア」が、発想の源になっているという。
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左上が「種亀最中のミニタルト」、下が「雷おこしのカナッペ」。右は「蕎麦がき」。
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渡辺シェフの「なぜおいしいのかを考えるのも重要な作業」というアドバイスを参考に、自らに舌で味わい、記録に残す参加者たち。
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デモンストレーション後は、ひとつひとつの料理について追加説明をしつつ、「自らの料理をスペシャリテとして完成させるには、まず、おいしいものを作り続けること。それからたとえば私の場合であれば、日本人が作るフランス料理であるということを忍ばせつつ、ひと目で私の料理とわかるようなインパクトある料理に仕上げるといった工夫も大切」と締めくくった。

渡辺シェフの長時間にわたるトークやデモンストレーションを受けて、

「お店をオープンして一番難しかったことは何ですか」「成長につながった失敗があったら教えてください」「新しい料理を生み出す際のメソッドとは?」「食材の上手な組み合わせ方は?」「人材育成のポイントについて知りたい」「これからの高級レストランのあり方とは」などなど―—。参加者から多くの質問が寄せられた。

こうした質問のひとつひとつに誠実に答えた後の、渡辺シェフの次のような言葉が、参加者たちの心に残ったという。

「人と人の付き合いがすべての根幹だからスタッフやゲストなどとの縁を大切にしていっていただけたらと思います。そして料理を心から好きになって突き詰めていってほしい。私自身、これからもずっと勉強を続けて、よりみなさんに喜んでもらえるように努力、そし進化を続けていきたいと思います」

「参加者にはベテランの方も多く、私の言葉が何らかのかたちで響くようなことがあればうれしいです」と感想を語った渡辺シェフ。最後は参加者全員で記念撮影。
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第1回目の開催にあたり、「我々が目指しているのは日本橋の産業振興による街づくりですが、人づくりも街づくりの一環です。ミシュランさんとのコラボによって、実力あるシェフたちを育て、日本橋をそうした人たちに選択していただけるに街にすることを目指してきたい」と語っていた三井不動産の担当者は、その手応えを感じたと感想を述べた。

同様にミシュランガイドの担当者も、「人を育むという表現はおこがましいのですが、でも、何らかの影響を与えることはできたようです。参加者してくださった方たちの目の輝きから、『ひとつでも多くのことを吸収しよう』という思いが伝わってきて、本当に開催してよかったと実感しているところです」と語った。

2007年のミシュランガイド日本上陸から17年目にして新たに始まった試み―—。これからの進展に期待が高まる。

取材・文 上村久留美、 写真 ©Michelin

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