2019年11月にパレスホテル東京内にオープンしたアラン・デュカス氏が設立したデュカス ・パリとパートナーシップを結んだフランス料理「エステール」。厨房を率いるのは、「アラン・デュカス・オ・プラザ・アテネ」で研鑽を積んだ、現在29歳という若さのマルタン・ピタルク・パロマーシェフ。就任した時は若干27歳、巨匠デュカス氏からの信頼の厚さが感じ取れる。そんなマルタンシェフにとって、自らのスタイルの転機になった出来事があるという。
ちょうどプラザ・アテネの店が、魚介、野菜、穀物を主体としたメニューに切り替えた2014年、当時22歳だったマルタンシェフは、8月に、デュカス氏の指示で、一ヶ月弱、デンマークに。今年ミシュラン三つ星を獲得した「ノマ」、そのカジュアルラインの「108」(現在は閉店)、三つ星「ゼラニウム」、と、北欧料理の著名店で研修を重ねた。
特に印象に残ったというのは、今年三つ星、そして世界のベストレストラン50でも5度目の世界一となった「ノマ」で学んだ発酵。これまで、伝統的なスタイルの厨房で働いてきたマルタンシェフにとって、ノマの自由でリラックスした雰囲気にとても惹かれたという。「決まり事に縛られすぎず、美味しくてゲストが幸せになる料理を作ることが大切、ということを学びました」と語る。
それまでも発酵の知識は多少あったものの、専門のラボを持つノマのような複雑な発酵については知らなかったというマルタンシェフ。その後、自分でも勉強を重ね、この「エステール」には50以上の発酵や熟成を重ねるボトルが並ぶ。
また、スペイン出身で、唐辛子や辛いものが大好きだというマルタンシェフ。珍しいスパイスはプラザアテネ時代にロマン・メデールエグゼクティブシェフから入手先を教えてもらい、直輸入しているという。
最近は胡椒の一種、ウィスキーのようなピート香、スモーキーさがある、ティムールペッパーがお気に入りだが、そんな中でも、大切にするのは味のバランス。「使いすぎると何料理かわからなくなってしまうので、気づくか気づかないかという分量を心掛けている」。という。
元々、「人にも地球にも優しい料理」をずっと追求してきたデュカス氏のもとで長年働いてきているだけに、サステナブルなアプローチも特徴だ。
パレスホテル東京に訪れた海外要人も味わったのが、マルタン氏が「ズッキーニのホットドッグ」と呼ぶ一皿。ズッキーニの花に北海道産のリコッタチーズやタラゴン、チャイブなどを混ぜて詰めてグリルしたものを詰め、ズッキーニのピュレやオリーブオイルと塩でシンプルにマリネしたズッキーニをのせた「花ズッキーニ 北海道産フロマージュフレ 再構築したパン エストラゴン」の付け合わせとして提供される。この「ホットドッグ」は、テーブルサイドでスライスして提供するパンの残りを、一晩かけて乾燥させて粉にし、ズッキーニとズッキーニのジュースを混ぜ、スライスしたズッキーニを包んだガレット。
そして、「イケジメをした魚は、魚も苦しまず、結果として質が長持ちするし、味も良い。何より、イケジメの手法は魚の命に敬意を示すこと」というデュカス氏の考えに基づいて、イケジメのスズキを使った「千葉県産スズキのグリエ アーティチョーク グロゼイユ ウィスキー」。
仕上げに削りかけるのは、生のアーティーチョーク。夏場に南半球のオーストラリア産の黒トリュフを使う店が多いが、「南半球から入れるとフードマイレージも長くなってしまうし、自分の心の中にあるヨーロッパの自然の季節に忠実でありたい」とマルタンシェフは、代わりにお気に入りの野菜だという、アーティーチョークを使っている。
「なるべくプラスティックの使用を控えたい」という考え方は厨房でも反映されており、ソースのベースは、プラスティックの袋を使う真空調理ではなく、料理ごとに瓶の中に食材を入れ、クリアなエッセンスを抽出する形で行う。
そんなユニークなソースの作り方も含め、ヒラスズキの料理のレシピを紹介してもらった。
イケジメのスズキは、余分な水分を取り除き、肉のような弾力のある食感にするために、フィレにしてからゲランドの塩、タイム、ローズマリー、黒胡椒、ジュニパーベリーを混ぜたものをまぶして20分程置く。塩を洗い流し、皮は外してから刻み、アーティーチョークコンディメントに使う。身はグリルする。
スライスしたアーティチョーク、タイム、ニンニク、スグリをアルミに包み、200℃のオーブンで20分火を入れる。その後、アーティチョークだけ取り出し、すり鉢でする。火を入れたスズキの皮の角切り、ティムールペッパー、粒マスタードを加える。
掃除したアーティチョークを1/4カットし、すましバターで揚げる。薄くスライスしたアーティチョークをサラダ油で揚げチップスにする。
赤スグリとマスタードとオリーブオイルをすり鉢で擦る。
ローストしたスズキの頭、生のアーティチョークの皮と玉ねぎと人参と赤スグリとベーコンとニンニク、タイム、ティムールペッパーを耐熱の密閉瓶につめ、ブイヨンをヒタヒタまでいれ、スティームコンベクションオーブンのヴァプール85℃で5時間火を入れる。
アーティチョークを角切りにし、ココットで色づけるように炒める。人参、玉ねぎを加え炒めて、ウイスキーを加えアルコールを飛ばす。その後ソースベースを加え、ラードコロナタと赤スグリを加え30分くらい弱火で煮る。煮詰めて、仕上げにオリーブオイル、赤スグリのコンディメントを加える。
現在、山梨県の有機栽培野菜の農家と専属契約し「大地と海と密接につながる、自身のスタイルをより磨いていきたい」というピタルクシェフ。筆者がコロナ禍の前に訪れたパリの「アラン・デュカス・オ・プラザ・アテネ」の料理は、日本料理の真丈椀を思わせる、昆布出汁にホタテのムースリーヌを浮かべた料理や、様々な貝類と黒米を使った「土鍋ご飯」と呼びたくなるものなど、日本料理を想起させるものが数多くあった。
こういったスタイルは、日本の風土ではより説得力を持つと言えるだろう。マルタンシェフは、「沖縄の蜂蜜 セリアルと蜂蜜花粉 シェーブルのカイエ」など、砂糖を減らしつつもヘルシーなデザートを生み出しているトマ・ムーラン ペストリーシェフと共に、巨匠・デュカス氏のスタイルを継承し、魚や野菜、雑穀の魅力を引き出す、日本のテロワールを生かした、独自のスタイルの健康的な料理を生み出していきたいと考えている。
取材・文・撮影= 仲山今日子
仲山今日子
ワールド・レストラン・アワーズ審査員。元テレビ山梨、テレビ神奈川ニュースキャスター。シンガポール在住時、国営ラジオ局でDJとして勤務。世界約50ヶ国を訪ね、取材した飲食店や食文化について日本・シンガポール・イタリアなどの新聞・雑誌に執筆中。