食の未来が見えるウェブマガジン

新編集部員・奥より、はじめましてのご挨拶


はじめまして! この春から「料理王国」編集部に入りました奥紀栄と申します。4月から毎週、料理王国公式ウェブサイトにて編集部での日々の出来事やニュース記事などを配信させていただきますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。というわけで初回となります今回は、私のガイヨウを書かせて頂きます。

産地は神奈川の横浜。一時期は宮城・仙台の水も飲みましたが、ほぼ東京の町田を圃場に育ちました。得意科目は国語と音楽、苦手科目は算数という典型的な文系で、部活も放送部(小学校)→オーケストラ部(中学校)→茶道部(高校)とインドア一色。大学では一念発起しヨット部に入りましたが、「お前の走り方、なんか間違ってる」と同輩に指摘される程度の運動神経では、レースに出ても結果はまぁ、ご想像の通り。ただただ日焼けばかりしていた4年間でした。ちなみに専攻は日本の中世文学です。

白樺湖にて。一番手前が私です。

卒業後は旅行雑誌の出版社に入り、20代は一眼レフを首から下げて取材・執筆の日々。プライベートではなかなか行かなかったであろう離島を含めた日本全国をめぐるうちに、その風土や歴史について多くを学びました。その後30〜40代はライフスタイル誌や機内誌などの編集部に所属したり、フリーランスの編集ライターをしたり。職場を変えつつ、雑誌を作る仕事を気付けば四半世紀も続けております。歳がバレますね。

作ってきた記事の多くは、国内外の紀行記事。つまりは旅の仕事でした。旅は、たくさんの要素を含みます。歴史はもちろん、料理や酒、器などの食文化や文学・音楽・美術工芸に思想宗教。取り上げる土地が持つそれぞれの魅力を、多様なテーマを立てて深く掘り下げてゆく作業はとても楽しく、学びが多いものでした。

さて、そんなこんなで本誌の編集部にご縁をいただきましたが、料理専門誌は全くの初めて。私で大丈夫だろうかと思いつつも、食の世界は誰にだって開かれたエンターテインメントのはず、と自分に言い聞かせ、現在、仕事を覚えているところです。

が、思えばそんな私にも「シェフ」との繋がりはあったりします。母方の祖父(明治生まれ)が、戦前に外国客船の料理長をしていたのです。日本郵船が所有していた「鎌倉丸」という客船だったそうです(だからなのか、我が家ではカレー粉だったらインディアンとかマヨネーズだったらベストフードなど、調味料に厳格な決まりがありました)。なんとなく、長い道のりを経て、祖父が生きた世界・料理の王国へやってきたのかな、という気もしています。これからはその広々とした地平を、私なりに歩いてみたいと思っています。重ねて、よろしくお願い申し上げます!

text:奥 紀栄(料理王国編集部)

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