九州地方南部に位置する鹿児島県。南北の距離は600キロにも及び、最南端の島である与論島は、沖縄県最北端の辺戸岬から22キロしか離れていない。そのため、鹿児島県は温暖な気候を好む柑橘が豊富で、たんかん、紀州ミカン(小ミカン)、黒島ミカン、花良治(けらじ)ミカンなどは、全国一の収穫量を誇る。たんかんにいたっては、約4100トンを鹿児島県で収穫。そのシェアはおよそ87%にも及ぶ。(「平成26年産特産果樹生産動態等調査:農林水産省」より)
鹿児島県で生まれ育った濱﨑龍一さんにとって、柑橘は幼い頃から慣れ親しんできた果物。日常生活のなかに、いつもミカンや金柑などがあった、と話す。「屋久島などで採れるたんかんは、ほんとうに甘くてね。初めて食べたときには、子ども心に『こんなにおいしい柑橘があるんだ』と驚きました」。
濱﨑さんは柑橘を、「みずみずしくて水分が多く、きめ細かなもの」と「果肉の目が粗く、プチプチとした食感のもの」の2種に大別して用いるという。例えば、たんかんやミカンは前者に、グレープフルーツやサワーポメロなどは後者に入る。「ミカンやたんかんは、フルーツとしての柑橘を、生でそのまま味わってほしいという気持ちが強いので、デザートに使うことが多いです」
一方、グレープフルーツやサワーポメロは、そのままでもおいしいが、他の食材と合わせて料理するのも面白い、と濱﨑さんは考える。この日は、「金柑」を食前酒に、「サワーポメロ」は冷製パスタ、「紅甘夏」はデザートに使用した。
金柑のスプマンテ
砂糖と酢で煮詰めた金柑を、辛口のスプマンテに入れた食前酒。リストランテ濱﨑の定番のスターターである、パルメザンチーズを焼いた「パルミジャーノのカリカリ焼き」のクリスピーな食感や風味と好相性だ。
リストランテ濱﨑では、イタリアのスパークリングワイン、スプマンテに季節の果物を入れた食前酒を用意している。金柑のスプマンテは、1月から2月に出す人気メニューだ。金柑を砂糖と酢で煮て、皮が少しやわらかくなってきたらできあがり。あとは真空パックで冷蔵保存する。ハーブや酒などは一切加えないシンプルなレシピだ。
実は、この砂糖と酢で煮込んだ金柑は、鹿児島出身の濱﨑さんにとっては、「ふるさとの味」だ。
「酢漬けは保存食だから、同郷の妻の母親もよく、こうやって金柑を煮ていました。昔は砂糖の代わりに氷砂糖を使っていた。僕はそれを真似しているだけ。あとは、何も加えない」。余計なことをすればバランスがくずれる。他の香りが欲しいなら、できあがってからでもつけられる、というのが濱﨑さんの考え方だ。「子どもの頃は、お茶に入れて飲んでいました。でもリストランテなので、スプマンテに入れて、さわやかな食前酒にしたんです」
砂糖と酢で煮ていながら、できあがった〝金柑〞に酢の風味はほとんど感じられない。砂糖の甘味が加わりつつも、苦味も含めた金柑の味わいがきちんと残り、存在を主張する。
サワーポメロ、毛ガニ、アスパラガスの冷製パスタ
グリーンアスパラガスとホワイトアスパラガス、毛ガニの身を、ジューシーなサワーポメロと合わせたさわやかなひと皿。細めのパスタ「カペリ-ニ」にすることで、サワーポメロのプチプチとした食感が際立ち、口中に爽快感が広がる。わずかな塩味もサワーポメロと好相性。
「サワーポメロは、グレープフルーツほど苦みや香りが強くないので、他の食材とも合わせやすいんです」
サワーポメロの果肉を小分けにし、ホワイトアスパラガスとグリーンアスパラガス、毛ガニ、パスタと合わせて、塩とオリーブオイルで味付けをすれば、春の息吹を感じさせるさわやかな味わいの冷製パスタが完成する。
最後は紅甘夏のデザート。ニワトコのシロップなどを加えた生クリームのムースの上に、紅甘夏の果肉を乗せ、シロップをかけただけのシンプルなデザートだが、ムースと紅甘夏の果肉を一緒に口にすると、ムースの甘味と紅甘夏の酸味、スッキリした甘味が口の中で溶け合って、爽快な余韻を感じさせてくれる。
ニワトコのムース 紅甘夏を添えて
甘酸っぱくジューシーな紅甘夏がしっかりとしたムースの甘さを切り、清涼感とみずみずしさを感じさせるデザートにしている。食べれば、口中を暖かな鹿児島の春へと誘う。ムースのなめらかな食感と、紅甘夏の柑橘らしいしっかりとした食感の相性もよい。
柑橘は季節感や清涼感、コクを出したいときに使う、と濱﨑さん。「冷製パスタの味付けには、サワーポメロと同じ頃に旬を迎えるアサリの出汁を使ってもいい。さらに、季節感を出すことができますから」
酸味や甘味、香りが優しいサワーポメロは、ヒラメなどとも相性抜群。カルパッチョなどにしても美味だ。「生産者の皆さんが手をかけて品種を改良し、新しい果物を作ってくださっています。そのおかげもあって、最近の果物は柑橘に限らず、糖度が高いものが多くなってきました。その分、昔よりおいしい時期が短くなってきている気がします」と濱﨑さん。だからこそ、〝旨い瞬間〞を逃さないことも料理人には大切。そのためには香りを確かめること、と濱﨑さんは言う。
「僕は小さい頃から柑橘が身近にあったから、香りで食べ頃や善し悪しを判断することが多いです」
具体的には、「歯切れのいい香り」「鼻にすっと入ってくる香り」が良い香りだと、濱﨑さんは言う。「昔は、ミカンをこたつの上に置いたり、お風呂に入れたりしていたでしょう。あれは、ミカンを温めて熟成させる先人たちの知恵。こたつの上のミカンにも意味があるんです」
柑橘王国の先人たちの知恵の中に、柑橘使いのヒントはある。
バラエティ豊かな日本の柑橘。その特徴をきちんと知って、料理のバリエーションを、さらに豊かに奥深くしたいものだ。
Ryuichi Hamasaki
1963年、鹿児島県いちき串木野市生まれ。日本調理師専門学校を卒業後、渡伊。ロンバルディア州「ダル・ペスカトーレ」などで修業する。帰国後、東京・乃木坂「リストランテ山﨑」で経験を積み、2001年に東京・南青山に「リストランテ濱﨑」を開く。13年より「薩摩大使」、「いちき串木野観光大使」、14年より「鹿児島食の匠」。
山内章子=取材、文 依田佳子=撮影
本記事は雑誌料理王国275号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は275号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。