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【特別インタビュー】10年続く店の人材育成「賛否両論」笠原将弘さん


任せること、きちんと叱ること、体験させること。

賛否両論 笠原将弘さん

笠原将弘さんがオーナー兼料理人を務める「賛否両論」は、従業員が辞めないことでも有名だ。弟子たちには厳しく対峙する。叱りつけることも厭わない。笠原さんが立てば、厨房は緊張感に包まれる。それでも、弟子たちは辞めない。笠原さんのすべてを盗もうとするかのように、全身でその一挙手一投足を見つめる。

弟子が活躍できる場をつくるそれが私にとっての多店舗展開

──離職率の低さが、2号店を出す引き金になったそうですね。

多店舗展開には、ずっと否定的でした。でも、私が「賛否両論」にいる以上、弟子たちはここにいてもトップにはなれない。そのことは、頭の片隅にいつもありました。そんな矢先に「名古屋のセントラルガーデンに支店を出しませんか」というお話をいただいたんです。最初は、即、お断りしました。そんな気は、まったくなかったので。でも、何度も声をかけてくださる。そんなある日、二番手の和田祐治が「名古屋の店、僕にやらせてもらえませんか」と直訴してきたんです。ちょっと嬉しかったですね。その言葉に背中を押されて、名古屋の店を出すことにしたんです。もちろん、資金はすべて私が出しました。メニューも私が考えます。ただ、現場の指揮は、すべて和田に任せています。席数は、本店の倍以上ある席。そこが今では、予約がなかなか取れない店になっている。月に数回、私も訪れて厨房に立ちますが、ここには本店と違う面白さがある。和田も、ずいぶん頼もしくなってきました。

──名古屋のお店の開店が2013年9月。その約1年後には「賛否両論メンズ館」をオープンさせたんですよね。やはり、名古屋店の成功は大きかったですか。

そうですね。でも、単純にもう1店舗出そうという気持ちではありませんでした。料理長を任せた齋藤は蕎麦打ちの技術をもっているのですが、本店ではその技術を活かす場がありません。そこでメンズ館の話をしたら、「やりたいです﹂と言ってくれた。資金は私が出しましたが、「店舗探しから自分でやってみろ」と言いました。「自分の差配で、自分の給料を稼いでみろ」と。その経験は、絶対に次に生きてくると思ったんです。

特徴が異なる3店舗 研修で他店へ行き新たな体験を

──できるところは若手にどんどん任せていくという姿勢を、貫いていらっしゃいますよね。

私はテレビやラジオ、雑誌などからお声をかけていただくことも多く、厨房を空けることも少なくありません。ですから、その間に店の仕事を任せる人材を育てる必要があるし、逆に任せることで人も育つと思いました。店に立って最終的に責任をとるのは私だけれど、任せるべきところは若手に任せるというのも、大事なことだと思うんです。

また、本店、名古屋、メンズ館と特徴の異なる3つの店舗ができたことで、スタッフたちには他店に研修に行かせるようにしています。

18席しかない本店と席もある名古屋店では、忙しさも違う。例えば、本店では魚の下処理を5尾しかできないけれど、名古屋店なら尾できる。若い子たちは、「楽しかった」と目を輝かせて帰ってきます。メンズ館では、蕎麦打ちも教えてもらえますし……。

本店だけでは経験できなかったことも、多店舗展開することによって、若い子たちが新たなことを体験できるようになった。否定派だった私ですが、若手の経験の場と捉えれば、多店舗展開もメリットは大きいと考えるようになりました。

経験という意味では、テレビの収録現場にも、アシスタントとして若いスタッフを順番に連れて行くようにしています。いろんな経験が、料理人としての幅を広げてくれると思うんです。

──お弟子さんたちのことを、とても考えていらっしゃるようにお見受けしますが……。

そうかな。叱るときには、ものすごい剣幕で叱りますけどね。

ただ、料理人は仕事時間が長いから、みんな家族のようになってきてしまうところはあるし、私にとって弟子たちは子どものようなものですからね。みんな、良い料理人になってもらいたいと思っています。

それと、今は“賛否両論の生え抜き”を育てたいんです。「いろんな店を経験したほうがいい」という意見もあります。それも正しいと思う。ただ、高校を卒業してすぐに「正月屋𠮷兆」に入り、9年間働いて基礎を築いた私としては、ひとつのところできっちり働き、“料理人としての背骨”をしっかりつくることも大切ではないかと思うんです。

私だって、まだまだ成長したいし、料理もうまくなりたい。重労働もいとわず頑張っている若手を見ると「すごいなぁ」と思うけれど、「負けてはいられない」という気持ちにもなる。若手を育てながら、私も若手から刺激を受けているんです。

賛否両論メンズ館の前で。右から、齋藤さん、笠原さん、澤田幸洋さん、加藤弘樹さん。澤田さんと加藤さんは、賛否両論時代から齋藤さんと一緒に働く仲間。今は齋藤さんの良き片腕として、賛否両論メンズ館の厨房を支える。

Masahiro Kasahara
1972年、東京生まれ。高校卒業後、「正月屋𠮷兆」の厨房に入り、9年間、料理人としての基礎を築く。父親が営んでいた「とり将」を継ぐも、30周年を機に閉店。2004年、恵比寿に「賛否両論」を開店。 2013年には名古屋に2号店を、2014年にはメンズ館を開く。

賛否両論

賛否両論
SANPI RYORON
東京都渋谷区恵比寿2-14-4太田ビル1F
03-3440-5572

山内章子=インタビュー、構成 中西一朗=撮影

本記事は雑誌料理王国2015年8月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2015年8月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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