【六本木・Takumi】ミシュランレストランの衛生管理術


「おいしい」の前に「安全」は絶対条件です

大槻卓伺さん Takumi

三ツ星二ツ星店のキッチンから学んだ一流店の条件
食材も人材も調理工程も、ロスなく常に安定して管理できること。そこには衛生管理が必ず関わってくる


2017年2月にオープンした、西麻布「Takumi」。オーナーシェフの大槻卓伺さんは29歳と若い。昨年、ニューオープンしたレストランは多いが、Takumiのキッチンは、広さや快適性といった点で、都内屈指といっていい。

 ホールの広さは、個室を含めて、およそ39平方メートルで、座席数は22席。それに対し、キッチンもほぼ同じ36平方メートルほど。Takumiは、店の半分がキッチンなのだ。しかも、「暑いのが苦手」という大槻さんは、熱源をオール電化にし、パティシエ用も含めてスチームコンベクションオーブンを3台導入。部門ごとに衛生管理をするため、シンクも5カ所ある。通常より15センチも高くしたキッチン台に向かって、大槻さんを含めた4〜5名の料理人が仕事をしている。空調は、業務用のエアコンで1年を通じて22〜24度になるようにし、快適性を重視。さらに、デシャップの上にはホールをモニタリングできるディスプレイを設置しているのも見逃せない。

 フランスの三ツ星と二ツ星店を、3年かけて回った後、「二ツ星を獲れる店を作る」と決めて、大槻さんは独立した。食材も人材も調理工程も、ロスなく常に安定して管理できることが一流店の条件であること学んだ大槻さんにとって、キッチンに資金をかけることは、至極当然のことだった。この〝星を狙ったキッチン〟には、食中毒を起こさない衛生管理の工夫がちりばめられている。「僕は、おいしいかどうかの前に、安全であることが第一。そのためにできる限りのことをしました」

 衛生管理の基本は、水のコントロールだ。腐敗や食中毒の原因になる細菌の繁殖を防ぐための食材の水分、自由水の調整はもちろん、とくに5カ所あるシンクは、水が漏れ出ないように縁に1センチほどの立ち上がりをつけたり、深さ45センチにして寸胴鍋を洗っても、周囲に水が飛び散らないようにするなど、工夫を重ねた。水の動きまでデザインした、Takumiの〝二ツ星仕様〟のキッチンを次に紹介する。

#ピンセットはぶら下げる
料理を盛り付ける際に大槻さんは、ピンセットやスプーンを使い、できるだけ手で触らないように気を付けている。その時、見落としがちなのがピンセットの携帯方法だ。ピンセット用のポケットが付いたエプロンがあるが、「細いので汚れが溜りやすい」と、大槻さん。Takumiでは、写真のようにピンセットをぶら下げて、汚れが付かないようにしている。

タイの身は水分を抜かずにふっくら仕上げたいから塩をふりたくない
自由水を減らし、殺菌の効果もある塩蔵をしないかわりに、電解水を使って食中毒のリスクを減らす


「自分で肉を熟成することはしません。きちんと温度を管理できない環境では、安全じゃないですから」と大槻さん。今は非熟成の肉を使う。一方で、「安全第一だからといって、おいしいものが作れないわけではありません」とも言う。
 例えば天然真鯛は、ふっくらしっとりと仕上げたい。そのためには、できるだけ素材がもつ水分を保ちたいので、下処理後に塩はしたくない。しかし、素材にふる塩は、脱水して菌の増殖を防ぐ目的もあるため、安全性を考えるとリスクがある。

 そこで大槻さんは、おろしたタイの両面を電解水で洗い殺菌。ペーパーで身の水分をふき取り、無菌状態のまま真空包装器にかけ冷蔵保存すれば、塩をふらなくても菌の増殖を抑えられると考えた。
 塩をすれば素材の味は変わり、味に誤差が生まれる。その誤差を、調理中に微調整しなければならない。それに対応するのが料理人の腕の見せ所でもあるが、大槻さんはむしろ、「塩をしなければ誤差は生じない」と考える。加えて電解水を使って塩をしない保存法は、覚えれば誰でもできるので、効率化にもつながる。理想の料理を実現しながら、「働きやすさ改革」にも対応しているのだ。さらに、タイの皮面に塗ったレフォール(西洋ワサビ)の抗菌効果にも注目したい。

おろした魚の身を電解水で洗う
水洗いせずペーパーで拭き取る
氷水につけて冷蔵庫へ。温度変化を防ぐ

魚は、すぐに下処理するのが基本。Takumiでも、十分な衛生管理をしつつ、届いてすぐに内臓を除去し、下処理をする。今回のタイは、電解水で洗ったが、「本当は水に触れさせたくないんですよ」と大槻さん。水洗いはせず、キッチンペーパーで軽く水気を拭き、真空包装器にかけたものを、氷水にいれて冷蔵庫へ。「氷水に入れるのは、冷蔵庫の温度計が故障することもあるし、庫内の温度は場所によって違いますからね。氷水に入れて冷蔵しておくのが、温度がもっとも安定し、管理しやすい」という。

#ダスターで汚れをふき取らない
キッチンの周りが汚れた場合、料理人が触れる機会の多いダスターが汚れてしまっては、二次汚染の可能性も広がる。Takumiでは、汚れは必ず洗剤で落とし、最後に吸収性の高い布で水を拭き取る。
#洗剤の使い分け
写真の左端が手洗い用の洗剤(株式会社ニイタカ www. niitaka.co.jp)。左から2番目が中性洗剤(ホシザキ株式会社)で、3番目は脂汚れ用洗剤(株式会社ニイタカ)。右端は、まな板用の漂白剤。

生の青魚を出したいからオイルで真空コンフィ
加熱か冷凍で死滅するアニサキスには24時間以上冷凍しても味が落ちないように、真空コンフィに

「コースのなかに季節感を出していきたいですから、サンマやブリ、サワラといった青魚を、生で使いたい。しかし、怖いのはアニサキスです」
アニサキスは、その幼虫が魚のとくに内臓に寄生している。それが人の体内に侵入すると、胃や腸壁に差し込み、激しい痛みや嘔吐を引き起こす。アニサキスは、加熱または冷凍で死滅するが、酢や塩では死なないため、とくに生食の場合に注意しなければならない。大槻さんは、「できるだけしたくはないんです」と前置きしながら、冷凍することでリスク回避をしている。 

食材が梱包されていた段ボールや発泡スチロールは、不衛生なのでキッチンには持ち込まないようにする。業者から届いた商品は、必ず搬入口で、スタッフが店のバットなどに移して受け取り、外からの汚染を防ぐ。届いた食材はすぐに所定の冷蔵庫へ。

例えば、冬のメニューに入れていた生のブリの冷製前菜。ショウガの香りをつけたオイルとともにブリを真空包装器にかけ、できるだけ真空状態にしてコンフィにする。すると常温でも、ブリの身にある水分が沸騰点に達し、脱水効果が得られる。これを5回ほど繰り返してから、冷凍庫で24時間以上。オイルでコーティングすることで冷凍焼けも防げ、冷凍臭もつかない。解凍は、氷水に漬けて危険温度帯以下をキープ。オイルがわずかに浸透した生のブリは、ねっとりとしたトロに似た食感で、旨味もある。

「衛生管理は、小さな工夫の積み重ねで、オペレーションに支障をきたすことなく維持していくことができるもの、と僕は考えています」

Takumi Otsuki
1988年、大阪府出身。神戸大学経営学部卒業後、渡仏。リヨン「ラ ロトンド」を皮切りに、サン=テティエンヌ「ルヌヴィエンヌ アール」、
トゥールーズ「ランフィトリオン」(以上、二ツ星)、マルセイユ「ル プティ ニース」(三ツ星)、パリ「ジャン=フランソワ・ピエージュ」(二ツ星)で修業し、2015年に帰国。17年2月に「Takumi」で独立した。

Takumi
タクミ
東京都港区西麻布1-11-10 ビルマーサ 1F 1F Bill Martha, 1-11-10, Nishiazabu, Minato-ku, Tokyo
03-6804-6468
● 11:30~15:00、18:30~23:30
● 日・月休
● 22席
http://restaurant-takumi.com/


江六前一郎=取材、文 中西一朗=撮影

本記事は雑誌料理王国第285号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第285号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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