食の未来が見えるウェブマガジン「料理王国」

名匠のスペシャリテ 「アクアパッツァ」日髙良実さん


「アクアパッツァ」という料理に出会ったのは、1986〜89年のイタリア修業中のことです。イタリアで最初に入ったのが「エノテカ・ピンキオーリ」と「グアルティエーロ・マルケージ」という星付きの名店でしたが、ピンキオーリさんとマルケージさんに「僕はイタリアで何を勉強したらいいでしょうか」と尋ねると、彼らは口を揃えて「クッチーナ・レジョナーレ(郷土料理)を見なさい」と助言してくれました。マルケージさんの紹介で北イタリア、ロンバルディア州の「ダル・ペスカトーレ」に入り、さらにペスカトーレのアントニオさんの紹介で1〜2カ月単位の短期研修として5軒で働きました。そうやってイタリア各地で修業しながら、郷土料理のおもしろさに目覚めていきました。

アクアパッツァを実際に知ったのは、南イタリア、カンパーニア州の「ドン・アルフォンソ1890」の厨房でした。クッチーナ・レジョナーレのアクアパッツァを作るところを見て、これは凄い、これこそ僕が探していたイタリア料理だと感じたのです。アクアパッツァは本来、魚を軽く焼き、海水を入れて煮込み、そこにトマトを入れてE・V・オリーブオイルで仕上げるだけのきわめてシンプルな漁師料理です。素材から出てくる旨味そのもので勝負する、素朴で豪快なアクアパッツァに「一目惚れ」したわけです。

給料なしで14軒の料理店で修業しましたが、いつも人と料理との出会いを探し求めていました。当時は今みたいに情報がありませんから、自分の足で行くしかない。イタリア全土の地図で行ったところを塗りつぶすのが楽しみでした(笑)。

これこそ僕が探していたイタリアの郷土料理だった!

帰国後、90年11月に西麻布にリストランテ「アクアパッツァ」をオープンしましたが、店名にした理由は、イタリア修業時代にもっとも感銘を受けた料理であり、店のコンセプトを見事に表現した一皿だったからです。最初は海水の代わりにムール貝やハマグリや北海道の大アサリを入れてみましたが、貝の味が主張しすぎるので、結局アサリに落ち着きました。トマトは干しブドウみたいに少し乾燥してきた頃に入れると、凝縮した甘味が魚の旨味をよく引き出します。帰国した頃はいい状態のドライトマトが日本になかったので、オープン当初から自家製のものを使っています。あとはアンチョビ、ケイパー、黒オリーブなどイタリアの代表的な食材で旨味を加えます。

作り方でもっとも大事なのは塩加減ですね。最初に魚に塩・コショウをふりますが、アサリなどからも塩分が出ます。魚を食べてスープを飲んでちょうど口の中で調和するくらいの塩加減がベストです。あとは煮汁が乳化してソースになるタイミングの見極め分。これらがバラバラになると統一感が出ないのです。

アジ、サンマ、タイなど煮つけにしておいしい魚なら何でもいけますが、鮮度が悪く魚にエネルギーがなければおいしくないし、逆に新鮮でエネルギーのある魚なら、誰が作ってもそれなりにおいしくなります。

シンプルゆえに繊細で、ごまかしのきかない料理です。素材本来の味を最大限に引き出す、これぞイタリア料理の真髄ではないでしょうか。

サゴのアクアパッツァ
フライパンにオリーブオイルを熱し、新鮮な魚の表面を香ばしく焼き、水、アサリ、自家製ドライトマト、アンチ ョビ、ケイパー、黒オリーブを加えて煮込む。シンプルな料理であるがゆえに、塩加減と煮つめ方、スープの乳化のタイミングが出来を左右する。第一に新鮮な魚と大粒のアサ
リ を選ぶこと。トマトはセミドライのほうがより魚の旨味をよく引き出してくれる。

日髙良実
1957 年神戸生まれ。調理師学校卒業後フランス料理の道に入るが、イタリア料理に転身。 86 年イタリアに渡り、「エノテカ・ピンキオーリ」「グアルティエーロ・マルケージ」「ダル・ペスカトーレ」といった名店も含め、3 年間イタリア全土で修業し、“イタリア料理の魅力は郷土料理にあり”と実感する。90 年11 月、東京・西麻布に「アクアパッツァ」をオープン。01 年に本店を現在の広尾に移す。1 階にはイタリアのマンマの家庭料理とイタリアワインが楽しめる「アクアヴィーノ」がある。

関連記事


長嶺輝明=写真 text by Cuisine Kingdom

本記事は雑誌料理王国第215号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第215号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


SNSでフォローする