これまで、「時代とおいしさ」「現代人の求めるおいしさから見えてくること」など、料理人にとって重要なキーワードである「おいしさ」について話してきたが、今回はもっと具体的にまとめてみよう。
今の時代、作り手は、単にゲストの欲求を満たすおいしさを追求するだけではだめだと思う。ゲストの経験や嗜好、好奇心など、さまざまな点を考慮し、ゲストが何を楽しみ、何をおいしいと思うのか、に対する答えを導き出せる料理人が、これからのガストロノミーを引っ張っていくのではないかと思う。
店によってそれぞれのしつらえがあり、テーブルコーディネートがあり、飲み物やサービスの提案がある。料理に関しても、多彩な形や色の食器があり、食材があり、技がある。ゲストはそこに身を置くこと自体が楽しいのだろう。
ただし、どの店のどんな提案も受け入れられるかといえば、そうではない。食べ手は、自分の感覚を研ぎ澄まし、これまで食べてきたものの記憶を呼び起こして、自分は何をおいしいと感じ、何をどうやって楽しむことが好きなのかを整理する必要がある。そのうえで、それぞれの店の提案を受け取って、自分に一番フィットする店を選んだらいい。本当にフィットする店のシェフは、オートクチュールの洋服を作ってくれるデザイナーや仕立て屋のように、いつも納得できる料理を提供してくれるだろう。そういう店が自分のテリトリーの中に何軒かあれば、店探しに時間を費やすこともなくなるだろう。
その境地に至るまでには、多くの店を食べ歩くことになるのだが、「食べ比べる」というのではなく、「自分に一番フィットする店を探し当てる」という姿勢で、レストラン巡りを楽しんでみたらどうだろうか。
誰もがお金さえ出せば、オーバースペックなものを手に入れられる時代になったが、実際にそれを使いこなせている人は少ないだろう。たとえば、オーバースペックな時計、オーバースペックな車を存分に楽しんでいるか。料理にオーバースペックという言葉が当てはまるかどうかは別として、料理に大事なのは、その料理が自分にフィットとしているかどうかということだ。
では、作り手は何をすべきか――。
私は、自分のスタッフには「料理のすべてのプロセスに結果があり、そのプロセスと結果の関係が明確に把握できれば、どんなアレンジもできるようになる」と教えている。
パティシエにとって、ベースの素材といえば水、粉、卵、バター、砂糖、塩、イースト、フルーツ、スパイスぐらいしかない。水の中にはピュレなども含まれる。粉の中には薄力粉から強力粉、フェキュール(デンプン)も含めよう。卵は卵白と卵黄に分けても考えるべきだと思う。バターの中には、油脂量の違いということで、生クリーム、牛乳、チーズなども含めていいと思う。砂糖や塩は化学変化を起こす要素としてはとても重要な素材のひとつだと思う。イーストは発酵食品を作るうえで欠かせない。またフルーツは、焼いて熱くしたもの、凍らせて冷たくしたもの、干して保存性を高めたものや煮詰めたものなど、生からドライまで、いろいろなバリエーションがある。調味という意味合いではスパイスも欠かせないと思う。
そうした素材を、どうやって組み合わせて料理していくか――、それを決めるには、プロセスと結果を結び付けるための検証が不可欠だ。簡単なチャートで示したように、素材と調理法をひとつひとつ化学的に検証していくのだ。「お菓子屋はレシピを守らないと作れない」と言われることが多いが、決してそうではない。というのも、国が変われば素材も変わり、決められたレシピが役に立たないことを、私は何度も経験しているからだ。
だから、自分が理想とする味を、結果として作り出すための素材へのアプローチ(プロセス)だけでなく、素材が変わった時に、素材のポテンシャルをはっきりと見極めなければ、プロセスが変わってきてしまう、というトレーニングは不可欠だろう。このトレーニングを続ければ、将来、きっと、自らの理想を掲げ、理想を具現化するべくプロセスを追及し、おいしさにたどりつけると思う。
調理法についても少し補足しておこう。
調理法には、「火を通す」「混ぜる」「固める(凍らせる)」「整える」などがあり、そのための器具は、コンベクションオーブン、ベーカリーオーブン、平窯、電子レンジ、蒸し器、鍋など。ひとくちに「火を通す」といっても、焼く、煮る、蒸す、煮詰める、揮発させる、干して乾かすなど、いろいろな方法がある。
「混ぜる」も同様で、何種類かのものを混ぜるだけでなく、混ぜ方で分けると「乳化」や「ホイップ」などがある。また、「固める」にしても温度の変化で固めるだけでなく、副材料的にゼラチンやペクチンを使うとか、粉を付けて火を入れるという調理法も考えられる。
こうしたありとあらゆる調理法を素材に当てはめ、結果を確認していけば、レシピとしての素晴らしいチャートができあがるはずだ。このチャートを駆使すれば、シンプルなものを作り出すことはとても簡単だし、バランスを考えながらシンプルなものを組み合わせれば、おいしさのマリアージュになったり、オリジナリティー溢れる新しいおいしさに行きつくだろう。ただし、それには何千回ものテストを繰り返さなければならない。
また、自分が師事したシェフや、食べに行ったレストランなどから得る情報も少なくない。おいしいと思う味がどんどん増えていき、好きになっていくものもあれば、嫌いになっていくものもあるだろう。テストを続けながら、五感を使って、自分はどんなものをおいしいと感じるのかといった分析も必要だ。
チャート作りが進み、自分なりの「おいしさ」が分析できれば、たとえば海外でこれまでと異なる素材を使うことになっても、困ることはない。「自分なりの香りのニュアンスを付けたい「」テクスチャーに幅を出したい」「視覚に訴えたい」など、応用もきくようになる。そうした料理人こそが、食べ手に素敵な時間とおいしいという記憶を残してあげられる人だと思う。
KAZUTOSHI NARITA
1967年、青森県生まれ。高校時代はスキー部とボート部で活躍するスポーツ少年だったが、卒業後はシェフパティシエの道へ。1999年に渡仏。一ツ星店「ステラ・マリス」、三ツ星店「エノテカ・ピンキオーリ」「ピエール・エルメ・パリ」などの名店で腕を磨く。NYの「ラトリエ・ドゥ・ジョ
エル・ロブション」時代の2007年に、パンとデザート部門でBest of New York に選ばれる。17年には、「アジアのベストレストラン50」の「アジアのベストパティシエ賞」を獲得。現在、「エスキス」「アジル」「エスキスサンク」のシェフパティシエとして活躍中。
本記事は雑誌料理王国283号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は283号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。