~時を越えて受け継ぐ~ 師匠と弟子の物語 日髙 良実 24年2月号


器用な人が成功するわけではない。
時間をかけて壁を越えた、不器用な人が強い

2022年の11月、アクアパッツァのオープン32周年を記念して大きな同窓会を開きました。30周年で集まろうと思っていたのですがコロナの真っ最中で難しく、落ち着いてきた一昨年に開催したのです。この日、全国から来てくれたOB、OG約90名と現役スタッフ合わせて100人以上が交流しました。

このように、うちの店はレストラン業界で活躍する卒業生が多いので、「どのようにしてスタッフを育てているのですか」と聞かれることが少なくありません。でも実際は、「育てた」というより「まかせたら育ってくれた」のです。アクアパッツァグループは支店も展開しているので、それだけ、スタッフたちが自分を伸ばせる環境がたくさんあったのかな、と思います。

店は多いときは直営店含めて14店舗ほどあり、基本的にはメニュー考案からスタッフ採用に至るまで現場にまかせていました。料理は、「素材を生かしたシンプルな料理」という軸を守ってもらえれば、あとは自由です。なにしろ、僕より後にイタリアに行き、新しい感覚を身につけて帰ってきた人たちがどんどん店に入ってくる。僕はむしろ教わる側だし、彼らに個性を出してもらった方がおもしろいですから。

ただし実は、最初の頃――西麻布の本店、青山店、千駄ヶ谷のマンジャペッシェの3店舗の頃――は、僕もソースの作り方の統一を試みたり、3店のシフトを全部自分で組むなどしていました。でも、どうもうまくいかない。結局、ある程度みんなに託した方が自発的に考え、成長してくれるのだと途中で気づいたのです。

成長という意味では、チームが完璧ではない時の方がスタッフは伸びるというのも僕の実感。リーダー、若手、新入りがバランスよく揃うチームは理想かもしれませんが、アクアパッツァの体制をふりかえると、そんな期間は短かったです。むしろ、リーダーが卒業したから若手が責任感を持ってグッと伸び、それが店のパワーになる、なんてことが本当によくありました。

スタッフ一人ずつについても、似たことが言えます。若い時から器用な人もいますが、彼らが皆、後にシェフになって活躍しているかというとそうでもない。卒業後に存在感を示せているのは、不器用ゆえに努力を重ね、時間をかけて壁を越えた人が多いように思います。

でも近年、そのようにスタッフをじっくりと成長させることが難しくなってきているのも事実。すぐに結果を求める風潮が社会で強まったのか、「がまんして続けてみよう」と考える若い人が減ったように思います。なので、どうしたら若い子を長続きさせ、成長させられるか悩み中。いい案があったら教えてほしいです(笑)。

ちなみに最近心がけているのが、しっかりとメリハリを作るということ。たとえば今、横須賀の「アクアマーレ」では厨房とホールでスタッフをローテーションし、店に横付けしているキッチンカーをまかせる期間も挟む。ここではキッチンカー用メニューも考えます。スタッフも飽きないのか、いい具合にまわっていますね。

とれたての魚を海水、オリーブオイル、トマトで煮た南イタリアの漁師料理「アクアパッツァ」を、本来の勢いをそのままに洗練させたのが日髙さん版のアクアパッツァ。アサリで、塩味とミネラル感、うま味をプラスするのがポイント。

「同じ釜の飯を食った仲間」は一生続く大切な存在

およそ30年間にわたって卒業生を送り出してきましたが、常に思うのは、ポジティブに卒業してほしいということ。ここでの仕事を終え、新しい目標に向かって踏み出してほしい。応援しながら見送ります。

と同時に、独立開業など、経営のステップに進む人には「苦労をしなさい」とも思っています。口には出しませんが、それが僕の気持ちです。お店を営むのは楽しいだけではありません。料理のほか接客、人の育成、お金……何らかの苦労がいつもあり、向き合うしかない。でもその苦労が、自分を成長させます。今、卒業生で店を成功させ、続けているみんなも、苦労を越えてがんばっているはずです。

そして卒業生たちには、一緒に働いた縁を大事にしてほしい。それも強く思うことです。

僕自身について言うと、僕はフランス料理からイタリア料理へ道を変更した人間ですが、フランス料理の時期にお世話になった神戸「アラン・シャペル」での修業仲間とは一生続くということを今、実感しています。

アラン・シャペルでは、僕は本当に劣等生でした。シェフの上柿元ムッシュ(上柿元勝氏)は才能にあふれ、周りのスタッフも精鋭揃い。なのに自分は鈍臭くて失敗ばかり。さらには日々ムッシュのオーラに圧倒され、「フランス料理で成功するにはこのカリスマが必要。ここを追っても自分は勝ち目がない」と、イタリア料理に進路変更したのです。

このように、僕はけっして誇れるようなスタッフではなかったのですが、それでも「同じ釡の飯を食った仲間」はかけがえのないものとして心の中にあります。ムッシュは黄綬褒章の受章をはじめとして、さまざまな節目に同窓会を開いてくださるのですが、そうした場に参加する時に感じる喜びは特別なもの。チームの一員であった感覚は一生続きます。

偉大なムッシュと自分を並べるのはおこがましくて、そういう意図はないのですが(笑)、でもアクアパッツァ出身のみんなも、このチームの一員であったことに喜びを感じてくれると嬉しいです。

エレガントな店内。ランチタイムは自然光があふれ、ディナータイムは照明を落としたシックな雰囲気に。

日髙 良実 ひだか よしみ
1957年兵庫県出身。神戸ポートピアホテル「アラン・シャペル」などを経て1986年イタリアに渡る。3年間でミシュラン3つ星の名店を含めた、北から南までの14店で修業。イタリアの地方で料理修業を重ねる日本人シェフの先駆けとなる。帰国後「リストランテ山﨑」のシェフを経て1990年「アクアパッツァ」オープン。2001年に広尾に移転、03年にオーナーシェフに。2018年に外苑前に移転。YouTube「日高良実のACQUAPAZZAチャンネル」は会員数17.7万人(2023年12月現在)。

リストランテ アクアパッツァ
東京都港区南青山2-27-18 パサージュ青山2F
TEL 03-6434-7506
11:30~14:00 LO
17:30~20:30 LO
無休

text:Izumi Shibata, photo:Yoshiko Yoda

師匠と弟子の物語 アクアパッツァ編

アクアパッツァとマンジャペッシェ
「アクアパッツァ」は1990年に西麻布で誕生。ごく上質な素材をシンプルに仕立てた品々で時代を築く。1996年には魚と野菜がテーマの「マンジャペッシェ」(千駄ヶ谷)をオープン。その後も和の素材の導入や地産地消のコンセプトで業界を牽引。2000年代後半にはグループ店を全国に展開。現在は外苑前の本店と横須賀「アクアマーレ」、プロデュース店である仙台の「グリチーネ ディ アクアパッツァ」の3店舗。


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