アメリカ・カリフォルニア州ソノマ郡にある「SingleThread」は、自らのファームとレストランを一体として営み、その土地と季節を料理に映し出してきた、現代のファインダイニングを象徴する一軒だ。一方で、その料理には日本から受けた影響も深く息づいている。カイル・コノートン自身、SingleThreadは和食店でも懐石料理店でもないと言いながら、店で用いる出汁は京都的なスタイルであり、それが農園の野菜の自然な味わいを支えているとも語る。カリフォルニアの土地に根を張りながら、日本の食文化や料理の思想を長年にわたって吸収し、自らの表現へと昇華してきたレストランである。
そのSingleThreadが、海外で新たに手掛けるダイニングとして京都に開いたのが「SoNoMa by SingleThread」だ。日本から多くを学び、それをカリフォルニアの地で育んできた料理人が、今度は日本、それも京都で料理をすることになった。
では、そこで何が起こるのか。カイル・コノートンと、「SoNoMa by SingleThread」の厨房を率いる富永敬太、二人のシェフへのインタビューを通してその答えを探るとともに、彼らが京都から描こうとしている、これからのファインダイニングの輪郭を追った。
「カリフォルニアのSingleThreadが京都にやってきた」と聞けば、本店の料理をそのまま京都で再現するレストランを想像するかもしれない。しかし、「SoNoMa by SingleThread」の料理はそうではない。
「本店では、7割くらいがカリフォルニアで、3割くらいが日本という感覚です。それを京都では逆にして、6〜7割くらいを日本、3〜4割くらいをカリフォルニアにする。鏡のように逆なんです」
そう説明するのは、「SoNoMa by SingleThread」の料理長を務める富永敬太シェフだ。

SingleThread本店が、ソノマの土地や農園から届く食材を基点に、カイルが日本で培ってきた技法や感覚を重ねているのに対し、「SoNoMa by SingleThread」では京都をはじめ日本の食材や調味料、日本人が親しんできた味覚や季節感を土台に置く。その上に、カリフォルニアやSingleThreadらしい感覚を重ねていく。二つの店は同じ思想を共有しながら、その表現の方向が反転している。
その違いは、皿の上だけに表れるものでもない。取材時の夏のテーブルには青紅葉があしらわれ、季節の花や植物も料理とともにその日の風景をつくっていた。SingleThreadでも植物を使って季節を表現するが、京都でそこに置かれるのは、当然ながら京都の季節だ。
料理にも同じ考え方がある。たとえば、カリフォルニアでも親しまれるメキシコ料理のタマレスを、「SoNoMa by SingleThread」では祇園祭の時期に合わせて取り入れ、日本人に馴染みのある、よりもちっとした食感へと仕立てた。カリフォルニアの料理をそのまま持ち込むのでも、日本料理へ置き換えるのでもない。京都の季節や味覚の中に置き直すことで、「SoNoMa by SingleThread」の料理にしていく。

富永シェフは、そのバランスを「足し算と引き算」と表現する。
たとえばズッキーニを素麺のように仕立てた一皿。出汁や葛を使い、油脂や乳製品を抑えれば、食べ終えたときの軽やかさは日本料理に近づいていく。そこに大葉を合わせれば、さらに日本へ寄る。だから、あえてミントを使う。香りを少し西洋へ振ることで、料理全体の重心を戻すのだという。
「食後感はジャパニーズ。でも、香りはカリフォルニアン。そのバランスを考えています」

何料理であるかを、国籍や技法の名前だけで決めない。味、香り、食感、そして食べ終えた後に身体に残る感覚までを行き来しながら、京都とカリフォルニアの距離を調整していく。
だから「SoNoMa by SingleThread」は、単純な「京都とカリフォルニアの融合」ではないのだろう。日本から学んだものをカリフォルニアで自らの料理へと変えてきたSingleThreadが、その経験を携えて再び日本に立ち、今度は京都を起点に自らを組み直している。
京都とカリフォルニアの間を行き来しながら料理を組み立てる「SoNoMa by SingleThread」。その料理を誰に、どう伝えるかという点でも、この店は二つの文化の間に立っている。
カイル・コノートンが興味深いと話すのは、同じ夜、同じメニューを前にしていても、ゲストによってまったく異なる体験が生まれることだ。SingleThreadを知る海外からのゲストもいれば、日本を訪れること自体が初めてという人もいる。一方で、日本人旅行者や京都で暮らす人も同じテーブルにつく。食べているものは同じでも、それまでに蓄積してきた食の記憶や文化的な背景はそれぞれに違う。
たとえば、鮎。日本で暮らしていれば、夏の訪れとともに目にすることも多い魚だ。しかし海外からのゲストのなかには、その存在を初めて知る人もいる。そこで「SoNoMa by SingleThread」では、ただ「sweetfish」と説明するだけではなく、なぜこの季節に鮎を食べるのか、その背景にある季節や文化まで伝えるという。
「私たちは、京都やその季節とゲストをつなぐ、少し“interpreter”や“translator”のような役割をしているのだと思います」
一方、日本人に対しては逆のことが起こる。鮎も、山菜も、筍も、すでに知っている食材だ。だからこそ、鮎を伝統的な姿のまま供するのではなく、パテにして花ズッキーニと組み合わせるように、SingleThreadのフィルターを通した表現を見せる。海外のゲストが「知らなかったものを知る」のに対して、日本人は「知っていたものを違う角度から見る」ことになる。

つまり「SoNoMa by SingleThread」における「翻訳」とは、京都文化を外国人にわかりやすく説明することだけではない。知らないものを理解できる形にする一方で、知っているものをもう一度新鮮に見せる。 その両方を、料理を介して行っている。
それは、ホテルのダイニングである「SoNoMa by SingleThread」にとって、なおさら重要な役割でもある。
「海外から来るゲストは、京都に3泊、4泊しかしないかもしれません。そのなかの一晩を、これだけ素晴らしいレストランがたくさんある京都で、私たちに託してくれる。だから、ホテルの中にある、世界のどこにでもありそうな外国のレストランにいるとは感じてほしくないんです」
「SoNoMa by SingleThread」で過ごした夜そのものが、京都での旅の一部になってほしい。そしてここで山菜や鮎、西京味噌や出汁について知ったことが、その後に訪れる店や場所での体験を、少し豊かなものにしてくれればいい。カイルはそんな期待も口にする。
土地の文化を一方的に見せるのではなく、ゲストがそれぞれ持っている文化や記憶との間に橋を架ける。そう考えれば、「SoNoMa by SingleThread」が目指しているのは単に「京都らしいレストラン」になることではないのだろう。
料理には精緻さを求めながらも、ゲストを緊張させるのではなく、自宅に招くようにもてなす。カリフォルニアで培ったホスピタリティもまた、京都という場所、目の前にいる一人ひとりのゲストに合わせて翻訳されている。
料理を土地に合わせる。そして、その土地をゲストに合わせて伝える。
「SoNoMa by SingleThread」では、その二つの翻訳が同時に行われている。
京都とカリフォルニア、そして異なる文化的背景を持つゲストの間に立ち、その土地でしか生まれない体験をつくる。では、そもそもファインダイニングが提供する「特別な体験」とは何なのだろう。言い換えれば、現代におけるラグジュアリーとは何か。
その問いに対して、カイル・コノートンが語ったのは、高価な食材でも、豪華な空間でもなかった。
「ラグジュアリーという概念は、変わってきていると思います。私たちも、その変化の一部でありたいと考えてきました」
その考え方の原点にあるのが、SingleThreadのファームだ。カイルの妻であるカティーナ・コノートンが農業を担い、二人の自宅も農園の中にある。SingleThreadでは料理人に限らず、オフィスで働くスタッフも、入社すると最初の一週間をファームで過ごす。そこで待っているのは見学や研修ではなく、実際の農作業だ。
毎朝収穫された野菜がキッチンへ届き、その夜の料理になる。だから働く人たちは、一つの野菜が厨房に届くまでにどれほどの仕事があるのかを知っている。
「私たちにとって、本当のラグジュアリーとは、とてもよく育てられた食材があることだと気づいたんです」
たとえば、小さな蕪ひとつにも何週間もの時間がかかる。トマトなら、12月に種を播き、料理に使えるようになるまで半年ほどを要する。その間に費やされた時間と手間を知れば、食材を見る目も変わる。SingleThreadの料理は、そうして育てられた食材を料理人の技術で覆い隠すのではなく、その価値を際立たせ、ゲストへ伝えるためにあるとカイルは言う。
もちろん、キャビアやトリュフのような、一般に「高級食材」と呼ばれるものを否定しているわけではない。ただし、それらを値段や希少性という記号だけで見ない。
「キャビアなら、魚の卵です。トリュフなら、地中に生えるキノコ。まず、それが本当は何なのかを見る。『ラグジュアリーな食材』としてではなく、その食材そのものの物語をゲストに伝えたいんです」
それを象徴する料理が、SingleThread本店で提供されていたという一皿だ。
主役は、丸ごとの蕪。出汁で火を入れ、皮から取った出汁と京都の西京味噌を使ったスープを合わせ、仕上げにキャビアを添える。
多くのレストランなら「キャビアの料理」と呼ぶだろう、とカイルは言う。しかし、彼らにとっては違う。
「私たちにとって、これは蕪の料理です。キャビアは、その味付けなんです」

高価なキャビアを主役にし、蕪をその脇に置くのではない。土から育った一つの蕪に焦点を当て、キャビアをその味を引き立てる調味料として捉える。価値の序列を、反転させる。
何が高価なのかではなく、その食材がどのように生まれ、そこにどれだけの時間と仕事が費やされてきたのか。 それを知り、最もよい状態で味わい、その背景にまで想像を巡らせること。その豊かさにこそ、カイルが考える現代のラグジュアリーがある。
そして、そう考えれば当然、料理人の視線は皿の上だけでは完結しない。
その蕪を育てる人は誰なのか。その仕事をどうすれば続けていけるのか。
SingleThreadでは自らのファームを持つことで向き合ってきたその問いに、農園を持たない京都の「SoNoMa by SingleThread」では、別の方法で答えようとしている。
SingleThreadにとって、ファームはレストランの思想そのものを支える存在だ。では、そのSingleThreadが京都でレストランを営むにあたり、同じように自らの農園を持つことは考えなかったのだろうか。
実際、プロジェクトの初期にはその可能性も話し合ったという。しかし、最終的に「SoNoMa by SingleThread」は別の道を選んだ。
「もちろん、ここには私たち自身のファームはありません。最初は、京都でも自分たちの農園を始めるべきかという話もしました。でも、必要とする多様な食材を一つの農園で育てるのは難しい。日本の農家は、それぞれ専門とする作物を持っていることも多いですから」
だからこそ、一つの農園ですべてを賄うのではなく、それぞれの分野で優れた仕事をする複数の生産者と関係を築く。カティーナが京都を訪れた際にも、実際に農家へ足を運び、直接コミュニケーションを重ねてきたという。
「電話をして『これとこれを送ってください』という関係ではなく、農家と直接つながっていくことが大切なんです」
現在の「SoNoMa by SingleThread」では、京都だけに産地を限定せず、日本各地から食材を取り寄せている。今後、時間をかけながら京都の生産者との関係をさらに深めていきたいとする一方で、「京都産であること」だけを目的にするつもりもない。
「表現したいのは、京都の“季節”です。でも、産地を京都だけに限定したいわけではありません。私たちが本当に素晴らしいと思う生産物や食材も紹介していきたい」
土地を表現することと、その土地のものだけを使うことは、必ずしも同義ではない。「SoNoMa by SingleThread」が目指すのは、産地という境界線で料理を閉じることではなく、京都の季節を軸にしながら、そこへ共鳴する生産者との関係をつくっていくことなのだろう。
そしてカイルが生産者との関係について語るとき、視線は「何を仕入れるか」よりも、その仕事がこの先も続いていくかどうかへ向かう。
彼は長年、日本各地の農家や工芸の職人たちと仕事をしてきた。そのなかで、いつも気になってきたことがあるという。
「一緒に仕事をしている人たちの多くが年齢を重ねています。だからいつも考えるんです。『この仕事を、誰が続けていくのだろう』と」
農業だけではない。器をはじめとする工芸や、その土地に受け継がれてきた技術も同じだ。若い世代がそうした仕事に入り、経済的にも成り立つものとして続けていけるのか。それは日本だけではなく、アメリカを含め世界各地で起きている問題だとカイルは見る。
「私たちはとても小さなレストランなので、経済的にできることには限界があります。それでも、そうした農家や職人を支え、一緒に仕事をし、その物語を伝えていきたい」

その考えは、「SoNoMa by SingleThread」の現場にも受け継がれている。
富永シェフも、生産者を訪ねるなかで重視しているのは、単に味のよい野菜をつくっているかどうかだけではないと話す。たとえば、農薬を使わずに作物を育て、目の前の収穫だけではなく、次の世代に土をどう残すかまで考えている農家。そうした生産者の姿勢に、SingleThreadが大切にしてきた価値観との共通点を感じるという。
だから、レストランと生産者の関係も、単に「良い食材を仕入れる」で終わるものではない。
生産者が時間をかけて育てたものを受け取り、その価値を料理として最大限に表現する。それをゲストへ届け、その背景にいる人や土地の物語まで伝える。そして、その仕事が次の生産へとつながっていく。
自らのファームを持つSingleThreadと、多くの生産者と関係を結ぶ「SoNoMa by SingleThread」。形は違っても、目指しているものは同じだと言える。つまり、「食材の向こうにいる人と、その仕事が続いていく未来までを、レストランの仕事として考える」ということだ。
では、これから先、ファインダイニングはどこへ向かうのだろう。
そう問いかけたとき、カイル・コノートンが語ったのは、新しい料理のスタイルでも、レストランのトレンドでもなかった。むしろ彼が目を向けたのは、そこで働く若い料理人たちと、彼らがこれからつくっていく未来だった。
「私たちが取り組み、若いシェフたちにも伝えようとしているのは、季節や土地とのつながり、生産者と仕事をし、彼らを支えること。食材がどこから来るのかを理解し、関係を築くこと。そして何より、そこにコミットすることです」
SingleThreadには、多くの若いスタッフが集まる。カイルとカティーナは、彼らが将来どんな料理人になり、どんなリーダーになっていくのかを常に考えているという。
彼ら全員が、将来もファインダイニングの世界にいるとは限らない。よりカジュアルなレストランへ進む人もいれば、別の場所で食に関わる人もいるだろう。だからこそ大切なのは、SingleThreadという場所で何を経験し、何を自分のものとして次の場所へ持っていくのかだとカイルは考えている。
サステナビリティや環境への向き合い方。生産者との関係。働く人を大切にする労働文化。そして、目の前のゲストにどう向き合うのか。ここで身につけた考え方が、それぞれの次の場所へ運ばれていく。
その思想は、料理人が料理を考える出発点にも表れている。
一般的には、料理人が「こんな料理をつくりたい」と考え、それに必要な食材を探す。しかしSingleThreadでは、農園から届くものが先にある。
「農園から『今日はこれがあります』と渡される。そこから何をつくるかを考えるんです」
料理人の意思を起点に食材を選ぶのではなく、その日、その季節、その土地から与えられたものを受け取り、料理を考える。カイルは、そうした経験が料理人の思考そのものを変えていくと話す。
それは、第3章で語った「よく育てられた食材こそがラグジュアリー」という考えや、第4章で見てきた生産者との関係ともつながっている。
ファインダイニングには、一般的なレストラン以上の時間と人、技術が注ぎ込まれる。だからこそ、そこで生み出せるものは、一晩の豪華な食事だけではない。
生産者の仕事を知ること。季節や土地に目を向けること。食材がどこから来たのかを考えること。そして、それらを料理としてゲストに伝えること。
そうした価値観を身につけた若い料理人たちが店を離れ、それぞれの場所へ散っていく。その先が三つ星のレストランでなくてもいい。彼らが学んだものが別の厨房へ、別の地域へ、そして次の世代へと受け継がれていけば、ファインダイニングで培われた思想は、その店の中だけにとどまらない。
料理をつくるだけではなく、次に料理をつくる人を育て、その人を通して食の未来に関わっていく。
「SoNoMa by SingleThread」という新しいレストランを京都につくったカイル・コノートンが見つめているのは、その一軒の成功よりも、もっと先にあるものなのかもしれない。

SoNoMa by SingleThread
京都府京都市東山区小松町130 カペラ京都
075-606-5823
日月休
https://capellahotels.com/jp/capella-kyoto/dining/sonoma

text: 小林乙彦(料理王国)
