日本料理の基本・だしを学ぶ~昆布 ―1200 年の歴史と文化#2


料理王国2021年10月号の特集「日本料理の基本・だしを学ぶ」より、本誌でカバーできなかった内容を紹介する連載。日本料理特有のだしについてご紹介します。
本誌内容はこちらから:
https://cuisine-kingdom.com/magazine-202110

昆布の収穫と天日干し

日本では昆布の収穫期が決められており、7月10日前後の解禁日から2カ月後の9月中旬までとなっています。さらに、朝の2 ~ 4時間など限られた時間に漁を終わらせなくてはなりません。時間が決められているのは自然保護と漁の安全を守るほか、天日(てんぴ) で乾燥させることにもよります。昆布漁の日には漁師はいっせいに海に出て、箱眼鏡で海のなかをのぞきながら長い棒で昆布の根元から巻き取るか、鎌で刈り取るかして昆布を収穫します。収穫したあとは1枚ずつ海水で洗い、浜に砂利(じゃり) を敷いた干場(かんば) に並べ、日差しのもとで一日で乾燥させます。


天候や風向きを見ながら昆布の位置や干す時間を調整するため、天日干しはたいへん手間がかかる作業です。近年では機械による乾燥も多く行われていますが、機械乾燥はだしがにごるため、昆布業者は天日乾燥にこだわります。さらに天日干しでは昆布のなかに適度な水分が残り、それが乾燥して表面に白い粉となって浮いてきます。これはマンニット(マンニトール)という弱い甘味を持つ糖類で、昆布の味を決める要素のひとつです。

収穫から出荷まで

蔵のなかで寝かされた昆布は年月とともに熟成して風味を増し、色調も深みを帯びる

昆布は寒流が流れる地域で生育し、とくに暖流と寒流がぶつかる場所は養分に富み、上質な昆布の産地とされます。北海道沿岸域には10属40 種以上が生育しますが、その数は世界中に分布する全種類のコンブ科の半数以上を占めています。日本の昆布の90パーセント以上がそこで収穫されます。
 
昆布は場所によって、種類のちがう昆布が自然と育ちます。北海道の宗谷岬の利尻昆布、知床半島の羅臼昆布、襟裳岬の日高昆布、道南・恵山岬の真昆布というように、昔から収穫される昆布は土地や地域によって異なります。昆布はすべて、その収穫された浜の名前、地名で流通します。利尻昆布は北海道の最北端にある礼文島の香 深浜(かふかはま)や利尻島の沓くつ形がた浜はまなどが最上級の産地として知られています。これらの浜は潮流、水温、日当たり、海に流れ込む河川(潮入り)、収穫後の干場など自然条件に恵まれ、良質な昆布を育みます。同じ種類の昆布でも育つ条件によってちがいが出るため、すぐ近くにある浜同士でも価格や評価が異なることはよくあります。気候条件が変わるため、収穫年によっても変化します。

成長と収穫

昆布は水深5 ~ 10メートル前後の岩に付着した胞子(ほうし )から繁殖し、約2年かけて成長します。1年目は秋から冬にかけて葉が枯れてしまいますが、それは厳しい冬を越すために自ら長い葉を枯らし、荒れる北の海に備えるためです。2年目の春を迎えると根元から再生し、1年目より大きく厚みのある葉に成長します。

そして夏になる頃、もっとも丈も長く幅も広くなり、厚みも増し、収穫期を迎えます。2年目の7月~ 8月半ばまでに収穫される昆布は「走り」、それ以降に収穫されるものは「后採(ごどれ)」と呼ばれます。成長が止まったあとの后採れは身が肉厚すぎてだしが出にくくぬめりも強いため、だし昆布としては走りのものが最適です。

7月の収穫期にはいると漁師たちは決められた日と時間に海に出て昆布を収穫し、その日のうちに天日のもとで乾燥させます。

蔵囲(くらがこい)による熟成
 

収穫後に干してから専用の昆布蔵で寝かせたものは「蔵囲昆布」と呼ばれます。敦賀の昆布商のあいだで伝統的に行われてきましたが、現在では一部のみで見られます。冬のあいだ蔵で寝かせた昆布を春に出荷した際、昆布から磯臭さや雑味、ぬめりが抜けて風味を増したことから、それ以来、敦賀で蔵囲いが行われるようになりました。

蔵囲昆布は光と風を遮断し、温度20℃前後、湿度60パーセント前後に保たれた蔵のなかで最短で1年、通常2 ~ 3年寝かされます。蔵囲の過程で熟成が進み、複雑で奥深い色や香り、味が引きだされます。旨みが強く雑味のないだしがとれるため、おもに高級料理店や精進料理で使われます。

仕立てから出荷へ

蔵囲昆布用の蔵。収穫した昆布は温度20℃前後、湿度60パーセント前後に保たれた蔵のなかで最短で1年、通常2 ~ 3 年寝かされる

最終的な出荷までも、さまざまな作業が続きます。産地によって異なりますが、利尻昆布では1本ずつ両端の薄い部分を切り取り、形を整えていきます。この作業を「仕立て」といい、すべて手作業で行われます。昆布が生育する浜には、漁業組合が定めた規格がそれぞれあり、それに基づいた商品が出荷されます。葉が幅広で、肉厚のものは1等や2等に、多少短いものや細いものは3等や4等として結束されます。それぞれの等級に合わせた丈と幅、重さに仕立て、同じ等級のものを結束して出荷するのは時間と手間のかかる作業です。羅臼昆布や真昆布の仕立てはより複雑で、折ったりたたんだりして形を整えますが、近年では折りたたまずに一定の長さに切りそろえる昆布業者が増えています。昆布の仕立て作業では廃棄物はまったく出ず、すべてが商品として出荷されます。
 

温暖化や海の生育環境の悪化により、天然の昆布の収穫量は減少傾向にあります。そのため安価な昆布は養殖物が主流ですが、天然昆布には厳しい自然のなかで生き残った強さがあります。養殖物に比べて、しっかりした味わいの澄んだだしをとることができ、料理店では欠かせないものとなっています。

次回は、鰹節についてご紹介します。

photo:久間昌史

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