「色を考えるときにベースにするのは、素材の色かコンセプト。そのどちらかで料理をまとめると決めたら、あとは試行錯誤の連続です」
たとえば「薔薇」は、食材の色ありきで考案したひと皿だ。色もそうだが、新しい料理を机上で考えてひねり出すことはまずない。日常の暮らしのなかで自分の琴線に触れたものが、無意識のうちに頭のなかに堆積していくから。「その無意識が、『新しい料理を考えなければ』と厨房で追い詰められたときに、ヒントとなって天から降ってくる。たぶん、自分でも気づかないうちに、いつもアイディアを探しているんでしょうね」
もともと、多彩な色を組み合わせるのは苦手だ。「なので、『この色』と決めると、『薔薇』同様、同じ色か同系色でまとめることが多いです」髙橋さんが「おいしさ」を表現しようとするとき、大切にしているのはシズル感や質感、香りだ。「色は、あくまでそれらを補完するものという位置づけなんです」とはいえ、皿の色や形状にはこだわる。皿によって、料理の見え方が違ってくるからだ。「何をつくりたいかを明確にすること。色を考える上でも、それが重要。料理を思い通りに表現するためには、知識や技術も大切です」
<シルバー × 深紅>
モダンな印象にしたいからシルバーの皿に深紅のバラ
シルバーという無機質な色と深い赤を合わせてコントラストをつけることで、バラはさらに際立つ。パウダーをバラの周囲に振りかけることによって皿と一体化させつつも、一輪のバラの花が咲き誇っているように見せる。パウダーにはマットな質感を出す効果もある。
色は深紅オンリー。ビーツの赤色からインスパイアされた皿で、造形美にばかり目がいきそうだが、味にも工夫がある。フォワグラをスターアニスやシナモン、バラの香りなどを利かせた深紅のアガーシート(海藻などのゲル化剤)で覆う。その上に花びら状につくったビーツのチュイルを刺して、バラの花をつくっていく。チュイルの赤はビーツの色そのもの。
「ビーツは基本的に、温度などで色が変わることはないので、色についてはそれほど気を遣いません」ただし、花びら型のチュイルをつくるのは大変だ。ビーツのチュイルの生地を花びら型にし、120℃のオーブンで45分間乾燥させる。熱いうちに花びらの形に曲げるのが大事。しかも、チュイルが形を保つのは2~3時間程度。ゲストの入店時間の頃合いを見計らってオーブンで焼き、準備をしておく必要がある。手間と時間をかけて、深紅の優美なバラは誕生するのだ。
<ブラック × ブラック>
黒い皿に黒い料理を合わせてインパクトのある皿に
最初は白い皿にのせていた。「でも、なんとなく面白くないので、『いっそ黒い皿にのせてしまおう』と考えて、こうしました」と髙橋さん。思いのほか相性がよく、むしろカッコイイひと皿になった。皿と料理とソースという質感の違う"黒"が、みごとに共演。
焦がしネギの風味を活かした料理が何かできないか、と考えているなかで、「真牡蠣ブラック」は生まれた。コンセプトは、まさに「焦がし」だ。炭を混ぜた小麦粉を真ガキにまぶし、瞬間燻製する。ナスは皮をむき火を通して、バルサミコ酢を表面に塗る。ナス、真ガキと重ねて、最後に焦がした赤ミズナを飾る。焦がしネギとロックフォール、発酵トマト、黒ニンニク、生クリームを合わせたソースを注げば完成。
一方、「ブリュレ オキザリス」のコンセプトは「サラダ」。新感覚のデザートを考えていたときに思いついた。オキザリスやミントの葉を皿にたっぷり盛り付け、どうみてもサラダにしか見えないデザートに仕上げたのだ。サラダだから、色は葉っぱのグリーン。ベージュの皿と合わせ、明るくナチュラルな雰囲気にしたかった。「コースの最後に、またグリーンサラダ?」と思いきや……。ゲストにも人気のデザートになった。
<グリーン × ベージュ>
サラダにしか見えない緑の意外性の勝利
白に近いベージュの皿に盛られた、鮮やかな緑色のオキザリスやミントの葉が美しい。液体窒素で瞬間冷凍したミントとブルターニュ地方の乳製品レ・リボが、まるで小花のようにちりばめられ、ナチュラルな彩りを添えている。見た目からは想像もできない味わいと組み合わせの妙が素晴らしい。
<ブラック × ホワイト × 黄・緑>
マットな感じの黒い皿に透明感のある"花びら"が映える
晩白柚の果肉は大きく、菊の花びらを連想させる。そこで考えついたのが、菊の花をイメージした「沙羅双樹」だ。透き通った飴の"花びら"も、晩白柚(ばんぺいゆ)のムースも、豊かな知識とテクニックがあってこそ。差し色のイエローとグリーンがアクセントになっている。
「色というと『感性』と思いがちですが、僕は知識や技術が重要だと思っています」思い通りの色を出すためには、素材自身を知らなければならない。思い描く色やテクスチャーを表現するためには、さまざまなテクニックを身につける必要がある。「グリーンは酸や熱に弱い。初歩的なことですが、それを押さえないと思い通りのグリーンは出せないと思います」色ではないが、「沙羅双樹」の中心にある晩白柚のムースは、髙橋さんの研究の成果だ。
「晩白柚の味がしっかり感じられる、フワフワのムースが作りたかったんです」しかし、当然のことながら、晩白柚の果汁と生クリームを合わせても液体にしかならない。何度も失敗し、有名なパティスリーのルセットや「エルブジ」のヌーベという技法をヒントに、ようやく思い通りの味とテクスチャーのムースが完成した。髙橋さんの美皿は、知識と技術の上に成り立っている。
ル スプートニク le sputnik
東京都港区六本木7-9-9 リッモーネ六本木1F
03-6434-7080
● 12:00~15:30(13:00LO)18:00~23:00(20:30LO)
● 月休
● コース 昼6500円、夜12000円~
● 16席
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山内章子=取材、文 富貴塚悠太=撮影
本記事は雑誌料理王国第293号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は第293号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。