アフターデュカスのプラザアテネ、アンジェロ・ミュサが語るこれからの美食


2020年6月でアラン・デュカス氏との契約を満了、若干40歳のジャン・アンベール氏を迎え、新しいスタートを切ったホテルプラザアテネ。
2016年からエグゼクティブペストリーシェフとしてホテルを牽引するアンジェロ・ミュサ氏に、今とこれからのパラスの美食について、話を聞いた。

−ジャン・アンベールシェフと共に働くようになって、プラザ・アテネはどのように変わりましたか?

プラザアテネに新しい風が吹いてきた、という印象です。ジャンはダイナミックで、エネルギーに溢れています。これまでと異なったアプローチをもたらしたと感じますし、とてもインスピレーションを受けます。

−1年以上、メインダイニングはクローズしていたわけですが、待望のオープンですね。プラザアテネの全てのデザートを統括する立場として、アンベールシェフの新しいスタイルにあったデザートを作ることになったわけですが、どのような変化がありましたか?

9月にメインダイニングをオープンしましたが、今のところ、ビストロのスタイルをとっています。デザートもビストロ風で、洗練された雰囲気ではないけれども、理にかなったものを作ろうと思っています。テーブルウェアも新しく、よりシンプルで親しみやすいデザインにしました。

−提供するメニューは変わりましたか?

例えば、チョコレートタルトや、フローティングアイランドのようなクラッシックなデザートを、新しいアプローチで提供しています。また、フルーツタルトなどは、一緒に来た人と分けて食べる2人前のサイズにしています。例えば、チョコレートタルトは、チョコレートのサブレ生地の上にガナッシュとスフレショコラをのせています。バニラアイスクリームは、クネルではなく、バターのように小さなココットに入れて、カジュアルなプレゼンテーションにしています。

−チョコレートの温かいスフレに、とろりとしたガナッシュ、下の軽い歯応えのサブレ生地が良いアクセントになっていますね。アイスクリームも、クリームにミルクを合わせて、乳脂肪分を押さえ、重たくなりすぎない、軽やかな仕立てにしていますね。食事の締めくくりとしては結構大きいサイズだと思ったのですが、スフレ仕立てになっているので、スッと食べられますね。

タルトとスフレを合わせることで、「シンプルでクラッシックなデザートだけれども、新しい」というのを実現したかった。軽やかな食後感も、今大切にされている要素の一つですしね。

−メンバーの入れ替わりもあったと思いますが、チームの統率はどのようにされていますか?

まず、大切にしていることは、大きな方向性を示して、細かい部分は彼らの自由にさせるようにしています。何より大切なのは、気持ちを自由にすること。デュカス氏は40歳でプラザアテネに来ました。今のジャンは彼と同じ歳。新しい環境に身を置き、道を開いていくジャンをサポートしたいと思っています。

−シェフとしてのアンベール氏をどのように評価されますか?

ジーンズにスニーカーというクールなスタイルでやってきて、これまでと全く違う雰囲気だなと思います。全てのスタッフにとても感じよく挨拶をしますし、スタッフと同じ目線で話をする。とても家族的な雰囲気をもたらしていると思います。

−アンベール氏は元々ビストロの出身。フランスのもっとも格式のあるホテル「パラス」であるプラザ・アテネのスタイルを、伝えて行かなくては、と思われますか?

テクニックやプレゼンテーションは、確かにビストロとは違います。そういった具体的な部分の私の経験は、伝えて行こうと思います。これまで、パラスの厨房というのは、とても厳しい面があった。そこに、家族的な雰囲気や温かみをもたらした、ジャンの存在は大きいと思います。実際に、現在ビストロのスタイルでオープンしているメインダイニングは満席が続いていますし、皆がハッピーです。それが大切なことだと思います。

−これからのファインダイニングはどうなっていくでしょうか?

何事にも、揺り戻しというものはあると思います。例えば、クリエイティブなことをやりたければ、やりすぎるくらいがちょうどいい。行き過ぎた部分から少し戻って、いいバランスを見極めることが大切なのだと思います。コロナ禍を超えて、この秋、多くのミシュラン三つ星レストランが再開しましたから、ファインダイニングの文化は戻ってくると思います。私たちも、1月にこのメインダイニングを、ファインダイニングの店として再開する予定です。

−ロックダウンがきっかけで、個人的なプロジェクトも始められたとか。

自分のブランドで、コンフィチュールを作り販売を始めました。2〜3年前に、昔ながらの方法でコンフィチュールを作っている年配の方に会い、その味に衝撃を受けたのです。銅鍋で作ると、色も味わいも全く異なる。ロックダウンの期間中に時間があって、自分で作りたくなり、道具を揃え、自宅のガレージを改装して、1年半、色々なレシピを開発し、10月に販売をスタートしました。

−まさに手作りなのですね。

コンフィチュールを作るところから、瓶詰めまで、今のところ全部私がやっています。こういった、地に足のついた仕事をしていると、どこかほっとする気持ちになります。こういった素朴な手仕事の良さを、チームにも伝えて行きたいと思っています。

ホテル全体の統括を行うアンジェロ・ミュサ氏の元、この8月から、新しく現場を取り仕切るペストリーシェフが加わった。「ダイナミックでポジティブ、良いエネルギーを持っている」とミュサ氏も評する、エリザベス・ホット氏。パリのラッフルズホテルのピエールエルメでキャリアを積んだ。

エリザベス・ホット氏とアンジェロ・ミュサ氏

「アンジェロは私たちにとってとても近しい存在。MOFで、クープデュモンドドゥラパティスリーの世界チャンピオンなのに、とても親しみやすく、批判をするのではなく、どうしたら私たちがより良くなるかを考え、アドバイスをくれる。だから、私たちは皆、臆さずに彼に質問ができる」

新しい時代の、平等で家族的な温かさのある厨房は、提供される料理やデザートにも反映されている。コロナ禍がもたらした変化は、パラスホテルでも始まっている。

text・photo:仲山今日子

ワールド・レストラン・アワーズ審査員。元テレビ山梨、テレビ神奈川ニュースキャスター。
シンガポール在住時、国営ラジオ局でDJとして勤務。世界約50ヶ国を訪ね、取材した飲食店や食文化について日本・シンガポール・イタリアなどの新聞・雑誌に執筆中。


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