発酵文化が色濃く残る湖国で作る自家製の味噌やたまり、魚醤〈滋賀県長浜市〉SOWER コールマン・グリフィン 23年6月号


味わいの幅を広げ、深める
5名店の自家製調味アイデアのレシピ

フードロスの削減や伝統的な地域食文化の再発見など、食を通した社会課題への取り組みが注目される近年。そんな潮流の表れの一つとも言えるのが、レストラン自家製の調味アイテム。食材を無駄にせずに使い切り、未知なる美味しさを表現する、シェフのアイデアをご紹介します。

湖北に根付いた味の表現を発酵調味料で実現する

琵琶湖の北側、湖北の風光明媚なエリアに位置するオーベルジュ「ロテル・デュ・ラク」。そのレストランを昨年リニューアルして生まれたイノベーティブ料理の「ソウアー」で、アメリカ出身のコールマン・グリフィンさんはシェフを務める。

グリフィンさんのシェフ就任はリニューアルと同時であるが、実は彼はその1年前から入念に周囲の自然や素材、食文化を学び、現場を訪れ、理解を深めてきた。この地の豊かな自然環境から生まれる料理を作るためである。

この過程でグリフィンさんが強く興味を持ったのが、ふなずしを始めとする、古くから営まれてきた発酵文化。実は、料理に発酵を取り入れ、深みのある味を作り出す手法はイノベーティブのジャンルではポピュラーだ。ソウアーのシェフ就任前は、東京・飯田橋のイノベーディブレストラン「イヌア」で副料理長を務めていたグリフィンさんもまた、その素地がある料理人。彼が湖北の食文化探究で、この地の独特な発酵文化に共感したのも、自然な流れだった。
「日本の料理では、常に発酵調味料が使われていると言っても過言ではありません。味噌、醤油、味醂など、たくさんの美味しい発酵アイテムがあります。本当にエキサイティングです。そして、日本の人達はうま味を引き出す技術に非常に長けていると思います。鰹節もそうですよね」。そんな日本にいるのだから、自分で発酵調味料作りを手掛けたいと思ったのは料理人として当然のこと、とも話す。

グリフィンさんは今、動物性・植物性の両方の発酵調味料を多数作っている。今回は、その中から3種類を紹介してくれた。

鮎醤油を作る過程で、鮎のさまざまな発酵調味料が生まれる。

上の写真にあるのは、いずれも鮎を生かした品々。手前が鮎醤油で、その左奥にあるのが鮎ペーストだ。地元の名産である鮎を活用している。
「鮎が豊漁の時、新鮮なものが沢山手に入るので、お店で使いきれなかったものを凍らせておき、鮎醤油にします。鮮度の良い鮎が大量に手に入る、この土地でしか作れない調味料。そんな点も気に入っています」

鮎醤油を作る過程で、バリエーション豊かな調味アイテムが生まれるのも魅力だ。例えば鮎醤油を漉した残りを油とともに加熱し、油を漉して作る鮎ペースト。発酵させた鮎のうま味や香りが移った油も、鮎オイルとして使う。

なお、写真の左上にあるのは、鮎ペースト、鮎オイルを混ぜたところに、自家製実山椒の醤油漬けを加えて作る混合調味料。「私達はこれを“食べる鮎ラー油”と呼んでいます(笑)。発酵した鮎のうま味、ぎゅっと詰まった風味、実山椒のピリッとした痺れがアクセントです」。
様々に使うことができるが、自家製のドライ氷魚(鮎の稚魚)と“食べる鮎ラー油”を混ぜたものは“ご飯の友”に最適。ソウアーのコースの締めに定番として提供する土鍋ご飯に添えて出すと、大変喜ばれる。

鮎ペーストと氷魚で作るご飯の友。

鮎醤油・鮎ペースト・鮎オイル・ドライ氷魚・“食べる鮎ラー油”のレシピ
① 鮎(頭、内臓ごと)、塩、水、米麹を混ぜ合わせてプラスチック袋に入れ、密封しない程度に封をする。鮎、塩、水、米麹の量の目安は1:0.2:0.8:0.2。鮎の状態を見ながら調整する。
② ①を60℃の保温庫に7~12日間入れる。
③ 鮎の頭、骨、脂を取り除く。
④ ③を袋に入れ直し、室温で半年ほどおく。
⑤ ④を袋ごと凍らせる。取り出し、サラシ布を敷いたザルにあけ、自然解凍しながら液体とペーストを漉し分ける。
⑥ ⑤漉し終えた液体が鮎醤油(写真右下)。
⑦ ペーストは、植物油を混ぜ合わせて真空パックにし、オーブンで火を入れる。
⑧ 静置すると水分、オイル、ペーストに分離するので、水分を除去する。残りは分け、鮎オイル、鮎ペースト(写真左下)とする。
⑨ ドライ氷魚(写真右上)は、氷魚を乾燥機で乾燥させたもの。
⑩ “食べる鮎ラー油”(写真左上)は、鮎オイル、鮎ペースト、実山椒の醤油漬けを合わせたもの。

2つ目に紹介してくれたのが、店で提供しているサワードゥブレッドの味噌。自家製のサワードゥで作るパンの切れ端を活用する。これらのパンをパン粉にし、塩、水、麦麹を加えて発酵させるが、最初にパンを濃い焦茶色になるほどにしっかり焼くことがポイントだ。

サワードゥブレッドは切り、焦がしてから使う。
サワードゥたまりを塗りながら舞茸を炭火焼きに。肉料理の付け合わせなどにする。

サワードゥ味噌を漉したものが、サワードゥたまり。味噌もたまりも、強いうま味の中にパンを思わせるふくよかな風味があり、焦げた香ばしいニュアンスも感じる。「この味噌は野菜の漬物にも使いますし、肉を焼く際に塗ることもあります。たまりも、肉や野菜の炭火焼きに塗るなどして使います。ちょうど、醤油と同じ感覚ですね。使用範囲の非常に広い調味料です」。なお、サワードゥ味噌の漬物
は料理の付合せや、先ほど説明した土鍋ご飯に添えて提供する。どこか和洋が合わさったような風味が、日本人が食べ慣れた味噌漬けとは一風変わった印象を生んでいる。

キュウリのサワードゥー味噌漬け。

サワードゥー味噌・たまりのレシピ
① レストランで提供する、サワードゥブレッドの切り端や残ったものを5cm角ほどの大きさに切り、オーブンで表面が焦げかけるほどに焼く。
② ①を挽き、水、塩、麦麹を加えてプラスチックの袋に入れ、密封しない程度に封をする。パン粉、塩、水、麦麹の量の目安は1:2:0.23:0.2。
③ ②を60℃の保温庫に3週間入れる。常温に出し、1ヶ月半ほどおく。
④ ③を袋ごと凍らせる。取り出し、サラシ布を敷いたザルにあけ、自然解凍しながら液体とペーストを漉し分ける(写真上)。
⑤ 漉したペーストが、サワードゥ味噌。液体を煮詰めたものが、サワードゥたまり。

最後に紹介するのは、パンプキン味噌。材料は、柔らかくローストし、皮とタネを除いたカボチャ、麦麹、塩。これらを発酵、熟成させて作る。「塩分濃度と発酵、熟成期間の異なるものを仕込んでいます。浅い発酵ではカボチャの味わいが比較的残り、長期間の深い発酵ではグッと濃く、カラメル化が進んだ味わいに。使い分けています」。

今回は、熟成の深いパンプキン味噌を使用したデザートを見せてくれた。こちらのひと皿では、下からパンプキン味噌入りのパンプキンピュレ、自家製ヨーグルト、デコポン、カボチャの種、砕いたパンプキンクッキー、黒糖アイスクリームを盛り付け、漉して乾燥させたパンプキン味噌のパウダーを振る。パンプキンの軽いサバイヨンをかけて完成だ。カボチャのまろやかで自然な甘さの中に、デコボンの甘酸っぱさとみずみずしさ、自家製ヨーグルトのコクが重なり、ハーモニーを作る。その中に、パンプキン味噌の塩気とうま味をほのかに感じる、深い味わいが印象的なデザートだ。

パンプキン味噌を活用したデザート。漉した味噌入りのパンプキンペーストや味噌のパウダーを使用。

パンプキン味噌のレシピ
① カボチャを丸ごと、ごく柔らかくなるまでローストする。皮と種を除く。
② ペースト状のカボチャ、塩、麦麹を混ぜ合わせてプラスチック袋に入れ、密封しない程度に封をする。カボチャ、塩、麦麹の量の目安は1:0.1:1。
③ を60℃の保温庫に3週間入れる。
④ 3ヶ月ほど常温でおく。

今回紹介したアイテム以外に、ソウアーで作っている特徴的な調味料には何があるか聞いてみた。「肉醤(にくびしお)でしょうか。鹿の肉のガルム、という感覚で試しているところです」。また同店の厨房の奥には発酵専用の小部屋が設けられ、中には60℃に保たれた保温器が備わる。「これは鮎醤油やサワードゥ味噌を作る時にも使いますし、黒ニンニクを作ることも。同じ手法で“黒キクイモ”もできます」。キクイモは様々なサイズのものが入荷するので、料理で使いにくいものは黒キクイモにして調味料に加工する。「食材を無駄にしない。そんな精神も、発酵や熟成による調味料は叶えてくれます」。

さらに「まだ始めたばかりですが、様々な豆の味噌を作っています。日本では大豆で作る味噌が圧倒的にポピュラーですが、小豆、青大豆、白い豆などで挑戦しているところです」。
豆それぞれの風味バリエーションに、発酵度合いによる風味の違いを掛け合わせると、作り出せる味は無限だ。

ソウアーは4月でオープンから丸1年を迎えた。「私達は若いレストラン。そして、発酵とは時間そのもの。レストランが年数を重ねるごとに、私達の作る発酵食品も深みを増します。その過程もまた楽しいのです」。

コールマン・グリフィン

アメリカ・ロサンゼルス生まれ。ロサンゼルス「ザ・ファウンドリー」などを経て、サンフランシスコの三つ星「べヌー」で副料理長を務める。2019年に来日し、飯田橋「イヌア」の副料理長を経て、2021年5月、ロテル・デュ・ラ「SOWER」の料理長に就任する。

滋賀県長浜市西浅井町大浦2064
TEL:0749-89-1888
17:30~22:00最終入店
火水休

text: Izumi Shibata photo: Katsuo Takashima

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