ミシュラン一つ星のシェフがサイゼリヤでアルバイト?そこで学んだ生産性向上の秘訣とは?


僕の目標は月にレストランを作ること。
それを5年前から言い続けていたらJAXAから声がかかりました。
良いレストランにしようと思ったら、人時生産性を上げなければなりません。

「Restaurant L’ASSE」 村山 太一

ミシュラン一つ星イタリアンのシェフがサイゼリヤでアルバイト!?
そこで学んだ生産性向上の秘訣とは

レストランの財務構造を根本的に見直した
「宇宙へ行くためにはロケットに乗るように、仕事において目標を定めたらふさわしい設備で合理的に進めるのは普通のことです。しかし、現在日本にある約69万店の飲食店のほとんどは、お客様をお迎えしているだけ。またチェーン店の設備をロケットと例えるならば、一般のレストランの設備は徒歩レベル。レストランは宇宙を目指す訳ではありませんが、合理的に物事を進めるためには、徒歩から車に乗る努力をしなければなりません」

 東京・目黒のミシュラン一つ星イタリア料理店「Restaurant LʼASSE」の村山太一シェフはインタビューの冒頭、こんな言葉を発した。

 8月29日、初の著書『なぜ星付きシェフの僕がサイゼリヤでバイトするのか?』を上梓した村山シェフ。このタイトル通り、彼は「LʼASSE」でオーナーシェフとして腕を振るいながら、2017年からサイゼリヤ五反田西口店でバイトをしている。それは“徒歩から車に乗る”ためだと村山シェフは言う。

 村山シェフが「LʼASSE」を開いたのは2011年。それからたった半年でミシュラン一つ星を獲得し、星を守りながら5年ほど経ったころ、店の経営状況に変化が起きた。「飲食業界では開業から5年で売り上げが下がると言われますが、僕の店も同じ状況に陥りました」と村山シェフ。一般的にはそのタイミングで移転や改装をして再起を図ることが多いが、村山シェフは違った。「移転や改装に数千万円かけても、また5年後に客が減る。そして移転や改装をする。その繰り返し。このゲームに参加してもきりがないと思いました。これをきっかけにお店の財務構造を根本的に見直そうと思ったんです」。

 自分だけで悩みながら改善するより、生産性に特化している“チェーン店”に飛び込んでみる方が早い。そう考えた村山シェフは、サイゼリヤでバイトすることを決めた。

 実際に働いてみて、まず驚いたのが、上下関係のフラットさ。店長は新人にとても親切で、年齢や立場関係なく仲が良い。上下関係が厳しい高級店の世界に慣れていた村山シェフは、「LʼASSE」で自分が王様のように振る舞っていたことに気づかされたという。

 さらに人の動線、歩くスピード、皿の持ち方、食洗機を稼働させるタイミング、1回3分で掃除できるグリストラップ…。サイゼリヤはあらゆる作業や設備において生産性に優れ、FL比率を適切値にするための創意工夫に溢れていた。村山シェフはこのメソッドを「LʼASSE」でも導入してみることにした。

ひたすら小さな改善を積み重ね、FL比率の改善を目指す
 スタッフの労働時間を短縮して、効率良く売り上げる。FL比率の改善を目標に、まず実践したのが、掃除と洗浄の効率化だ。例えばグリストラップは、今まで1時間の掃除を週3回行なっていたが、サイゼリヤ方式を参考に1日おきの1回3分に。食洗機は200脚のワイングラスが一度に洗浄できるようにラックを買い足し、グラスを拭く手間を省ける純水の洗浄機も新調した。かつて終業後に3時間かかった洗い物は、20分で済むようになった。

 また最小限の歩数で仕事が済むように、人の動線や物の配置を見直した。キッチンでは人が動かずとも物が手に取れるように棚を増やした。かつて2往復していた作業が1往復で済むのは、時間も体力も節約になる。

 お店での上下関係をなくすと、若手が萎縮せず、自分の仕事に責任を持つようになった。またそれまで24席あった席数は、キッチンの広さやスタッフの人数に見合った16席に減らした。オーバーワークは顧客満足度低下に繋がるからだ。「無駄なプライドは持たない」「思い立ったら即行動」がモットーの村山シェフは、スタッフとともに、数百もの小さな改善を積み重ね、ひたすらFL比率改善を目指した。

 そして「LʼASSE」は2019年度に過去最高の経常利益率を記録。スタッフの労働時間は朝10時半~22時(14時半~18時は休憩)と通常のビジネスマンレベルにまで短縮し、給料も1.5倍に上げることができた。コロナ禍においても、この仕組みに加えて、スタッフが自主的に始めた通信販売のお陰もあり、黒字経営を保つことができている。

 「チェーン店は機械の手を借りて可能な限り効率化を図る一方で、海外のあるミシュラン三つ星店は、キッチンで働く数十人のスタッフの大半がただ働き同然で長時間労働。それがレストラン経営のモデルになっている現状があります。チェーン店の生産性の高さを掛け合わせれば、クオリティも売り上げも維持できるんです」

 生産性を高めると、スタッフの労働環境が整い、向上心も高まり、売り上げも伸びる。そんな好循環が、「LʼASSE」では生まれている。

text 笹木菜々子 photo 山本倫子

本記事は雑誌料理王国2020年12月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は2020年12月号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。


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