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独立が決まり、店舗引き渡しまではたったの1カ月半。さまざまな契約上、株式会社を作る必要があったのですが、もちろん気軽に作れるわけがなく、パソコンと図書館にへばりついて独自に情報を仕入れました。
1円でも節約するためには、下調べは自分でやることです。経営者になるために必要な知識はあったほうがいい。ただ、会社を作るにも、数字を作るにもプロの力を借りたほうが早くて正確でした。一番大事なのは「時間」です。やってはいけないのは、お店のクオリティに関わる準備や睡眠の時間を削ること。同時にいくつもの案件を進めて行くなかで、自分じゃなくてもいいものはプロにアウトソーシングすべきだったと、あとになって思いました。
金融機関からの借入に必要な「事業計画書」は、なんと夢のつまった書類なんでしょう。でも失敗を念頭に独立する人なんておらず、「多店舗展開する」「安定した経営」「お金持ちになる」など、自分の理想を描いて数字を記入すると思います。
ボクも控えめに数字を作りつつも、内心ではスピーディに借金を返済、スタッフ増員の費用の捻出、築地への仕入れに使う社用車の購入などを考えていました。が、そんなのは甘い考えで、つねにスタッフはギリギリ、車なんてもちろん所有しておりません!
経営者としては……失敗かもしれません。しかし、ボクは「楽しさ」と「自分の成長」が存在していれば「成功」と考えています。
ボクはもともと料理人ですが、出来損ないで毎日が辛くて逃げ出した料理人。そのため、お店を始める時は料理人を雇う必要がありました。ただ、料理人の経験上、キッチン特有の雰囲気や“ピリピリ感”には慣れているので、率先して洗い物や盛り付けを手伝うこともあります。
スタッフをどう管理しているか聞かれることがありますが、ボクはスタッフに目標を課したことはありせん。「星獲得を目指そう」「売り上げを伸ばそう」なども言ったことがなく、“レストランのリーダーはシェフ”と考えているので指示もしません。「オーナーに言われたから」と言うシェフがいたら、ボクならそのお店を辞めています。また、そもそも指示をしないので、シェフの年齢によって言い方を変えるといったことに苦心することもありません。
モチベーションは個人の問題で、誰かのために心を割く時間はクリエイティビティを削ぐというのが自論です。突き放し過ぎだとは思いますが、その代わりモチベーションやパフォーマンスの高い人には、「ランチを1年間任せる」など、ベース作りのためのステージを用意するのがボク流のマネジメント方法です。
「ティルプス」では、基本的には将来の活躍が見込めるシェフだけを採用していて、次のステップや独立のベースを築いたら辞めてもらっていいというのがボクの考えです。
スタッフを採用するとき、ボクは年齢を気にしません。働いた年数やどの店で働いていたかも同様です。面接に履歴書は必要なく、会話の内容からこれまでの働き方がわかるので、それを採用の基準にしています。
料理人もサービス人も、ある程度仕事をしてくると適性がわかるもの。2番手が向いている人もいて、それはそれで素晴らしいことです。適性があれば、なんの経歴もない別業種の人がトップシェフになる可能性だってあると思っています。
Q. 「マネジメントの経験がないと、独立開業は無理ですか?」
ボクは、マネジメントを少しも経験しないまま経営者になりました。レジ打ちも発注も未経験のままです。開業準備中も忙しく、お金の流れを勉強する時間をもてなかったのですが、従業員の給与の支払い、仕入先への支払い、保険・税金の支払いはなんとかなり、1年も続ければいろいろとわかってきます。人のお金でミスするよりも、自分で考えて身をもって学ぶことが一番早くて的確だとボクは思います。
大橋直誉
フードキュレーター&「ティルプス」オーナー
1983年北海道生まれ。調理師学校卒業後、東京の「レストランひらまつ」に入社。退社後は、フランス・ボルドー二ツ星 「コルディアン・バージュ」のソムリエに。帰国後、白金台の三ツ星レストラン「カンテサンス」で働いたのち、「ティルプス」を開業。世界最速でミシュラン一ツ星を獲得。 現在は、店舗にてサービスを務めながら、フードキュレーターとしても活躍する。
本記事は雑誌料理王国293号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は293号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。