ロンドン・ファッション・ウィークを迎えた今週、ファッショニスタたちが通う人気レストランを探してみた。中でもここはミシュラン・スター・シェフが監修する食通スポット。業界人が利用するトレンドの発信地だ。
エリザベス2世の国葬に際して天皇夫妻がお泊まりになったクラリッジズは、ロンドン市内で最も格式あるラグジュアリー・ホテルの代表格だが、今をときめくロンドンのセレブリティーたちがどんなホテルで食事をするのかと言えば、70年代のリバイバル・デザインが目を引く2019年創業スタンダード・ホテルを忘れることはできない。
ホテルの正面にそびえるのは、荘厳なヴィクトリアン・ゴシック建築に目を奪われるセント・パンクラス駅だ。一方のスタンダード・ホテルはブルータリスト建築の名残もほのかに感じる直線的でヒップなデザインが特徴的。両者の好対照が、実に面白いのだ。
このスタンダード・ホテルの10階に鳴り物入りで登場して以来、多くのセレブや業界人を引きつけているのがスパニッシュ × メキシカンの Decimoである(Decimoはスペイン語で10番目の意味)。厨房を率いるのはミシュラン・スター・シェフのピーター・サンチェス-イグレシアスさん(Peter Sanchez-Iglesias / 冒頭写真 © Charlie McKay)。イングランド西部の故郷ブリストルで、両親が経営していたイタリア料理店を引き継ぎ、若くしてミシュランの星を獲得したことで名高い天才シェフの一人だ。
筆者が訪れた平日夕方の早い時間にはまばらだった客の入りも、8時になる頃には130席をカバーするフロアはほぼ満席になった。まるでクラブのように大きく鳴り響くバックグラウンド・ミュージックが人の心をリラックスさせ、スペインや南米をテーマにした大胆かつ繊細なカクテル気分へと誘う。
Decimoの料理は情熱的だ。それは炎を表す暖かいオレンジ色にまとめられたインテリアにも反映されている。ピーターさんの家族はスペインにルーツを持ち、もともとメキシコ料理にも興味があったことから、Decimoのコンセプトが決まった。
最近のロンドンは高級店といえども直火のパワーを見過ごすわけにいかず、町のケバブ屋さながら炭火や炎で調理し、素材自体の旨味を追求するレストランが多くなった。ここもそんなトレンドを取り入れ、出てくる料理は全てが綿密に計算されたものでありながら、直火調理の豪胆さも感じる。そのバランスの妙が、最大の特徴かもしれない。
ロンドンに住む身として、地方で名を轟かせているレストランはいつも気になるものだ。筆者にとってブリストルで名をあげたピーターさんのCasamiaは、その一つだった。いつか行きたいと思っていたが、この8月で残念ながら25年の歴史に幕をおろし、美食の街ブリストルからミシュランの星が一つ消えた(彼はまだ同市にPaco Tapasという別のミシュラン店を保持しているのだが)。
いわゆるファイン・キュイジーヌを謳い文句に料理を極めていくと、材料費の高騰はもとより、準備に必要なシェフの数は多くなり、労働時間は長くなる。パンデミックを境に人の足がレストランから遠のくと、蓄えのあった人気店も苦しくなり、さらには強豪店が増えて客を繋ぎ止めておくことさえ難しい。そのサイクルの中でクローズした店はCasamiaだけではないが、時代に合った店がまた誕生し、新しいサイクルも始まっていくだろう。ピーターさんもまた、新たなコンセプトで店を創り上げていく予定だ。
しかしDecimoのように、大きなトレンディ・ホテルのレストランを成功させることはシェフにとって全く異なる冒険であり、それを手がけることができるシェフもまた、数少ない。まだ不惑手前のピーターさんの真価は、今後の活動でますます証明されていくことになるのだろう。
Decimo
https://www.decimo.london
text・photo:Mayu Ekuni