高齢者が日帰りの介護サービスを受けるデイサービス施設の中でも、料理特化型のデイサービスが注目を集めています。今回はその中の一つ「なないろクッキングスタジオ 自由が丘」で、4年前から専属シェフとして活躍する山本奈々さんに話をうかがいました。
デイサービスとは一般的に、送迎・レクリエーション・食事・入浴などのサービスを日帰りで提供する通所型の介護サービスのこと。レクリエーションは施設ごとにさまざまなプログラムが用意され、機能訓練など可能な限り自宅で生活を送れるようにすることを目的として、QOL(クオリティオブライフ)の向上を目指したサービスが提供されます。
デイサービスのレクリエーションの中でも、特に人気の高い料理に着目して生まれたのが「なないろクッキングスタジオ」です。業界初の料理特化型デイサービスとして、株式会社ユニマット リタイアメント・コミュニティが運営。1号店の自由が丘をはじめ、現在は成城と三軒茶屋の3か所で展開されています。
プロの専属シェフから直接教わりながらオリジナルレシピの料理やスイーツが作れるため、介護サービスを利用するというより、料理教室に参加する感覚で通えるのも魅力。食材を切ったり、皮をむいたり、バランスを考えて盛り付けたりすることで五感が刺激される料理療法が、認知機能の改善につながる事例も多くあるそうです。
「なないろクッキングスタジオ 自由が丘」の専属シェフを務めているのが、調理師と介護福祉士の資格を持つ山本奈々さんです。午前の部の「ランチメニュー」、午後の部の「ディナーメニュー」と「ブレッド&スイーツメニュー」のレシピを週替わりで1か月分考えるのも、山本さんのお仕事。なかなか大変な作業ですが、前職の経験が活かされているといいます。
「もともと外資系ホテルに7年ほど勤務し、フレンチからビュッフェまで和洋中幅広いジャンルの料理を経験してきたので、それがメニューづくりに活かされています」(山本さん)
——メニューづくりではどのような点を心がけていますか?
「通所される方のほとんどが女性で、長年台所に立って料理をしてきた経験者です。そのため、少しでも新鮮に感じていただけるように、誰でも知っている基本的な料理よりも、新しい食材やちょっと珍しいメニューを積極的に取り入れるようにしています」(山本さん)
——3月のメニューを例に挙げると、ひな祭り、ホワイトデーなどイベントに絡めたメニューや、「菜の花カルツォーネ」「桜ロールケーキ」のように季節感のあるもの、「牡蠣のエスカルゴバター焼き」のような本格的なフレンチのメニューもあって、見ているだけでわくわくします。
「やはり、新鮮味のあるメニューは良い刺激になりますし、高齢者だからといって皆さん和食が好きという訳でもないのです。月替わりで世界各国の料理を取り上げる『クッキングツアー』シリーズも人気がありますよ。3月はフレンチですが、過去にはエスニック料理も好評でした」(山本さん)
——メニュー構成におけるデイサービスならではの配慮には、どのような点があるのでしょうか?
「1時間程度の調理時間で5〜6品を作りますが、時間内で仕上げるだけではなく、しっかり手を動かして機能訓練としても成立させる必要があります。また、食材は安心安全であることも重視して、旬や産地にこだわって仕入れ、全て手作りするのにもこだわっています」(山本さん)
「なないろクッキングスタジオ 自由が丘」の施設内は、明るく開放的でカラフルな色使いが印象的。利用者の皆さんは、到着後に看護師によるバイタルチェックを受け、調理の前に30分ほどかけて、本日のレシピや旬の食材についての知識を学びます。
この日、取材をさせていただいたのは、午前の部「ランチづくりコース」。参加者の皆さんは5つのグループに分かれて、チャーハン、春巻きなど中華メニューの「血液サラサラレシピ」づくりに挑戦しました。
【タイムスケジュール】
9:15 参加者到着、バイタルチェック
9:45 なないろアカデミー(調理の前にレシピや食材、栄養素などの知識が学べる講座)
10:15 グループに分かれてクッキングスタート
11:15 お楽しみランチタイム
12:00 キッチンの片づけ
12:30 帰宅(送迎)
1グループにつき1名の講師がつき、利用者の皆さんに手際よく指導をしながら調理を進めていきます。「これくらいの大きさで、包丁はこう入れて…」と、食材の切り方も一度やって見せるだけで、ほとんどの方が迷うことなく作業を進めていました。
「ここで働くようになり、高齢者に対するイメージが良い意味で覆されました」と山本さん。「皆さん料理のベテランですから、安全面に配慮しつつ、意欲を阻害しないように見守り、声をかけながら一緒に調理をしています」。
包丁は先が尖っていないセラミック製を使う、火にかける鍋をテープで固定するなど、きめ細かな安全対策が施されていることもあり、当初少なからず危惧されていたケガや事故は、開所以来ほとんど起きていないそうです。
「認知症の方も少なくありませんが、『前に作った料理が美味しかった』『あの時は楽しかった』と思い出して話してくださることがあって、ここに来て料理を楽しんだ記憶が少しでも残っていると嬉しく思います」(山本さん)
山本さんの他にも、講師を務めているスタッフの方たちは送迎ドライバーも兼務するなど、介護も調理もできるオールマイティな人材が集まっています。
「私自身、介護福祉士の資格を取得しているので、調理の技術と介護の知識がどちらも役立っていますが、介護福祉士の資格がマストというわけではありません。高齢者の方たちとふれあうことや、さまざまなジャンルのメニュー開発に興味のある料理人の方なら、チャレンジしがいのある環境だと思います」(山本さん)
山本さんはホテル勤務時代に、アレルギーや糖尿病、ベジタリアンなど、お客様に合わせたメニュー対応をした経験もあったといいます。
「食べる人に喜んでもらいたいというホスピタリティ精神があれば、経験の有無を問わず誰にでもチャンスがあると思います」(山本さん)
メニューが完成すると、利用者さんたちは盛り付けも行います。この日完成した5品はそれなりにボリュームもありましたが、ほとんどの方が完食。興味をもって、自分の手を動かして作った料理なので、なおさら美味しく感じるのかもしれません。
午前の部が終了すると、次は午後の部の参加者が入れ替わりで到着します。1日の中でホッとできる瞬間はいつなのか、山本さんに尋ねてみました。
「利用者の皆さんが到着されて、それを迎え入れる瞬間でしょうか。『今日も元気に来てくださってよかった』と思うのはもちろんですが、皆さんのお顔を見ていると『かわいいな』と感じて、ホッとした気持ちになるんです」(山本さん)
「なないろクッキングスタジオ」に限らず、デイサービスは介護サービスのマネジメントを行うケアマネージャーの紹介がなければ、なかなか知ってもらえないという課題があります。さらに、認知症によって自宅に引きこもりがちになっているなど、高齢者のご家族による「包丁なんて持てないだろう」という思い込みが邪魔をすることも。
そのような解題をクリアしながら認知度アップを目指すのが今後の目標とのこと。高齢者の可能性を料理で引き出すデイサービスのニーズは、今後さらに高まるはずです。同時に、山本さんのように社会福祉の現場で活躍する料理人の存在も認知されていくことでしょう。
【なないろクッキングスタジオ 自由が丘】
東京都目黒区八雲2-9-4
TEL:03-5731-8620
営業時間 9:00〜18:00
定休日 土・日曜(祝日は営業)
https://www.unimat-rc.co.jp/nanairo/
text・photo:田中 英代