編集長の野々山が、料理王国8月号(7月6日発売)の見どころを、編集こぼれ話として紹介。今回はオーベルジュ特集の中から、山梨県の「テロワール愛と胃袋」の取材チームから届いた秘話を。
前回ご紹介した長野県のエスポワールに続いて、東京、三軒茶屋から移転してオーベルジュを作った山梨県の「テロワール愛と胃袋」のお話。いつもなら、自分で撮影した写真と文章が続きますが、残念ながら伺っていないので、取材をお願いした柴田さんの文章と、カメラマンの小沼さんの写真でお届けします。
「愛と胃袋」があるのは、かつて佐久甲州街道沿いで栄えていた長澤宿という宿場町。そこに建つ築170年の古民家を活用したレストランが愛と胃袋ですが、この古民家はただの民家ではなく、宿場町でちょっと特別な役割を担っていた建物なのです。
それは、「問屋場(とんやば・といやば)」と呼ばれていた建物。「この集落の方々は、『おといやさん』と呼びますね」と女将の石田恵海さんは言います。
問屋場は、幕府や大名関係の旅人のために、馬や労働者を用意しておく場所。つまり、中継地として、あるいは宿泊地として長澤宿に訪れる偉い人たち用に、馬や人を差配するのが問屋場の役割なのです。それゆえ、馬を繋いでおく広い厩や、偉い人たちが滞在・宿泊するための立派なお座敷を備えています。
そのほか、一般の旅行者が荷物を積み直したり、身支度をあらためて整えたりする場所でもあったそうです。さらに、街道を行き来する荷物の集散の場でもありました。なので石田さん曰く、「今でいう『宅急便の集配所』と聞いたことがあります」とのこと。
愛と胃袋では、そんな問屋場の跡を見ることができます。「問屋」という看板はその一つ。
レストランのダイニングスペースにあてている広い部屋は、たくさんの馬が繋がれていた厩でした。今でいう屋根付きの駐車場ですね。この厩は、充分な面積といい、天井から床まで開いた広い開口部といい(開放感いっぱいの部屋を作れる)、土間なので地続きに移動できる(一段登らなくていい、靴を脱がなくていい)点といい、現代のレストランのダイニングにピッタリのスペースです。
かつて偉い人たちがひと休みしたり、滞在や宿泊をした広々とした座敷には、今はグループ客用の大きなテーブルを配しています。
個室というには広いですが、役割としては個室的な利用にもあてています。贅沢です。そして、どのスペースにも、石田さんのセンスの良い素敵なディスプレイが。問屋場が、新たな美しさを備えながら蘇っています。
ちなみに「愛と胃袋」のはす向かいにある、同経営の宿泊施設「旅と裸足」も古民家を活用しています。そちらは、もともとは寺子屋だった建物です。
ひとくちに「古民家」と言っても、いろいろな建物があります。現代も「建物」と言ってもいろいろですから、まあ、考えてみれば当然なのですが、そんなことにも気がついた楽しい取材でした。
柴田さんの編集こぼれ話、いかがでしたか。ぜひ8月号の本誌と共にお楽しみください。カメラマンの小沼さんが撮影した「旅と裸足」の画像、本誌には入り切らなかったものですが、さすが寺子屋だけあって、いい味出していますね。東京から近いし、一度覗きに行ってみようと思います。
original text:柴田 泉 photo:小沼祐介