フランス料理界を牽引してきた3人のシェフたちが見てきた食の世界、そしてこれからの食に思うことなどを語る貴重なイベントに潜入! 聞き手は元「北島亭」スーシェフで現在、「銀座 大石」を9月にオープンさせた大石義壱さんが務めた。
田代和久さん(以下:田代 敬称略)僕なんて絶滅危惧種のように扱われていそうですが(笑)。日々、一日いちにちという感覚できましたので、その積み重ねが33年という感じ。何年やったという記憶はほとんどないので、この後、何年みたいなことも未知数ですね。でも、ドキッとする気持ちとか、美しいものを見て感動する気持ちがなくなったら、一つのモノを作る人間としては終わってしまうかなとも思う。そうなったら黙って去るか、洗い物をさせてもらうと思います。ただ、そうならないために、市場で新しいものや、絵を見たり、いつも感動する心を持ち続けるような努力はしています。
北島素幸さん(以下:北島 敬称略)私は何気なく、えっちらおっちらとやってきているつもりなんですけど(笑)。68歳になりました。最近また、昔と今の自分の感覚が違うような気がしているんです。もう随分昔になりますが、パリの「ジェラール・ベッソン」の店で一週間食べ続けたことがありまして、もう食べたくないなあって思って、カミさんと2 人で「タマゴでも食うかあ」ってウー・ブルイエ(炒り卵)を口にしたんです。その時、卵の優しさというものを感じました。「へえ、こんな卵料理があるんだ!この優しさってどこからくるんだろう」って。それからずっと、そのことを思いながら仕事をしています。それで、最近とあるレストランに行って、お任せでいただいた時に、料理の味が「うまい」じゃなくて「美しい」って思うようになったんです。「この料理の味は綺麗だ」って。これはどこから来るかっていうと、やはり「いい食材」「的確な火入れ」「ちゃんとした下塩」、あと「出来立て」に尽きる。料理屋は自分がやりやすいように料理をスタンバイすることもあって、これが間違いの元というわけではないけど、あんまりいいことではないと思うな。やっぱり美味しいものを出そうと思ったら、「出来立て」にこだわらないとダメだと思うの。だから、アラカルトでどうたらとかバカなこと言うんじゃねえって(笑)。
やっぱり料理屋っていうのは、コックは一人がいいんじゃないかっていう話を、さっき谷さんともしたの。それで、うんともすんとも言わせない「出来立て」を出すのが一番うまいんじゃないかと。だから、アラカルトでなんでもありますみたいなのは、これからの料理屋にはありえないんじゃないかと思いますよ。
谷 昇さん(以下:谷 敬称略)今の料理って綺麗だよね。ただ、主役がいない。綺麗の反対は汚いという言葉なのだけど、僕はそうではなくて、やはり美しいものが好きなのね。それに、清々しさとか、潔さとか、緊張感のある現場が好きで、それを皿の中に表現したい。今日、北島さんのお話を伺って、同じなんだって安心しました。
大石義壱さん(以下:大石 敬称略) 今日はこの日のために作ってくださったメニューがありますね。北島さんは「ウニのコンソメゼリー」、田代さんは「パテ・ド・カンパーニュ」に「リエット」、谷さんは「蝦夷鹿のコンソメ」です。メニューを選ばれた理由など、そのあたりのお話を伺えましたら。
田代 このリエットを食べると、オープン当初を思い出すんですよね。1986年の2月でしたね。とにかく、持ちの良いものを作ろうということで、リエットやパテを作っていました。市場に毎日行って仕入れしていましたけど、当時、日に1万もない売上金を握りしめて魚を買わなくてはならない。箱で2,500円くらいのものを探しているうちにさ、方向音痴だからわからなくなっちゃって。戻ってきた時には売り切れてたりとかね(笑)。今度は八百屋に行って、余った野菜ないかなって探したりして。
谷 もう、そういう感覚って今はないんでしょうかね。ギリギリの感じ。
田代 食材にきちんと向き合っているかってことだよね。例えば、今、「ガスパチョに使うトマトをどれかひとつ持ってきて?」と言うと、歩きながらパッと手にとって選ぼうとするわけ。ちょっと待ってよ、と。手にした時、そのトマトのヘタの香りをかいだか?食材のポテンシャルを見極めた上で「これはガスパチョに使おう」と思って選んだのか?と、問いたい。作る量とバランスを見て、半分は青くてもいいから、半分は熟れたのにしたいとか。
谷 それに近い話でいうと、例えば店の近くにウバメガシがあって、これを焼き込んだものが、いわゆる備長炭な訳ですよ。でも、店の若い子に聞いてもみんな知らないよね。そのくせ、炭がどうのこうの言ってるんじゃねえ、って思う。僕はね、そういうことなんだと思うんですよ。北島さんはいつも「何も知らない」っておっしゃるんだけど、僕はそこが一番大事なところかなと思います。物事に対して謙虚になれるでしょう。知らないことばっかりだし、地べたに這いつくばってやるしかないですよ。
田代 谷さんは仕事の後の掃除の仕方もすごいの。膝見てください。かさぶたができてるんですよ。「何したの、また喧嘩でもしたの?」なんて言いたくなってしまいますけど、膝をついて、毎日ガス台まわりを掃除しているわけ。そんなの若い人にやらせればいい。でもできないの。だから、俺たちはそれをできない人間がたまたま集まって、それをやり続けているという。自分たちにとっては当たり前なんだけどね。
大石 では、次は北島さんの「ウニのコンソメゼリー」についてお聞かせください。
北島 これは、日本に帰ってきた1983年頃、ロブションのキャビアのコンソメを真似てやってみたの。たまたま間に合わなくて、固まっていないコンソメをのせたことがあって、お客様が美味しいっていうから「こっちのがいいのか!」って。そのうちキャビアが高くなってきちゃって、じゃあウニにするかなっていう感じで「ウニのコンソメゼリー」が生まれた感じ。新しいコンソメジュレも頭の中にはあって、順にやってはいこうかとも思っています。それはそうとさ、谷さんの「蝦夷鹿のコンソメ」がまた素晴らしいよね。
谷 イヤイヤ、ありがとうございます。ポアブラードから発想したものです。でも、同じ食材を使って全く違うものが出来上がるんですよ。今度、このコンソメを煮詰めてそのままソースにした料理を店で出す予定なんです。
北島 すごいよね。コックは自分が最前線に立たないと、絶対にヒントは、わかないですよね。失敗して、恥ずかしい思いをして、どうすりゃいいのかを考えないと。僕らのような小さな店のオーナーは特に。あと私は、無駄なことは嫌いです。その分だけお客さんに材料費をかけたいです。中ではケチケチしながらも、お客さんにはやっぱりいい素材を買いたい。だって俺、腕も頭も何もないんだもの。人より早く起きて豊洲に行くしかない。
大石 最前線で作りながら見えてくるって、どういう感覚がありますか?
北島 昔、パリのロブションで別のテーブルに出てきた、羊の塩包み焼きを見かけたことが、大きな経験。それまで、写真で見たことはあったけれど、その時本物を初めて見た。あれが羊の塩包み焼きかと思い、日本に帰ってぶっつけ本番でやってみたら、まったくうまくいかない。どこで火からあげればいいのかわからない。店の若いやつにはバカにされ、悔しい思いをした。しかし、この料理が作れないので作り続けたんです。何年もかかってやっとどうにかなって、いっぱい勉強になりました。これからの若い人にひとこと言えと言われるなら、とんでもない料理、こんな料理できっこないというような料理を自分の青春のテーマに持ったら、その時は苦しいけれど、後々、大変勉強になっていると思う。
田代 でもさ、以前は築地でばったり会って話したりとかあったけど、豊洲になってからは行かなくなっちゃったよね。楽しくないんだよ。システムが悪いなあ。何か息苦しいし、見つけるのが大変だし。
谷 僕たちは現場にいるでしょ。だから、目線がすべからく現場なんだ。その人たちから立ち上がってないから、ああいう形になってしまうわけ。現場でやるのは誰なんだよ。その目線がないんだよ。それは、料理業界全体にも感じることかな。北島さんがおっしゃっていた、「自分は何もない」という信条。そこさえしっかり持ち続けていれば、あとは上を見ていけばいいんだよ。それってポジティブ。自分が何かを持っているつもりでいるから、後ろを見ながら歩くんだよ。
田代 俺ね、見習いの時に「お前はコック向いてないからやめろ」って言われたの。でも、「向いてないからやめろ」って何なのかなって思った。やっぱり「バカだけど、できないけど、これだけは負けたくない」っていうものをひとつ持ってないとダメだと思う。心意気とか意地とか、何かがないと潰れるから。それと夢ですよ。夢を持っていれば、いくら叩かれても、くそー!って思える。北島さんも谷さんも、見習いの時は大変だったって話は聞くものね。自分は先輩には言われたけれど、味は平均レベルくらいはいってるのかなって思っていたの。将来店をやりたい夢があったし、諦めるわけにはいかなかった。的を射る言い方で言ってくれるならいいけどね。怒るのと叱るのと教育するのとあるでしょう。今は何でもすぐパワハラだってなっちゃうでしょう。親でもしてないことをやってる
んですよ。「育てる」っていうね。
谷 大事なことは、本当に真剣に向き合っているかと言うことなんですよ。
田代 同じ料理人なのに、なぜ全力を出していないのか、みたいなことが腹たつんだよね。それで徹底的に怒ることはある。相手も泣くけれど、こちらだって涙が出てきます。でもそうして33年間やってこられたわけですし、これでいいと思う部分もありますね。やっぱりひとつのお皿に対して、それくらいの気持ちで出していかないとつまらないよね。でもさ、昔はスタッフに「出てってくれ」っ
て言っても出ていかなかったね。
谷 今の子、簡単にやめるよね。
田代 そうね。今は残ってくれって言ってるよ俺(爆笑)。
北島 僕は19の時に洗い場をやっていて、厨房って油の汚れのつぶつぶの黒いのがだんだん黒くなっていくんですけど、ティッシュ2枚で取っていて。でも1枚でも取れる。じゃあ1枚でいいんじゃないかって。当時からいろんなこと考えてやってきました。気をつけて揚げれば、油も少しは長く持つし、コンベクションがなくっちゃ料理できないってことはないんだよ。何でもかんでも機械に頼るんじゃなくて自分でやっていかないと。
田代 先日クーラーが壊れて電源が落ちちゃってさ。しかもその日に限って満席。暑いし仕方がないから扇風機持ってきて、ボウルに氷入れてさ、何ヵ所か置いたんだよ。お客さんも、なんか楽しんでたけどね。そういうのも褒められたことじゃないけど、小さい店のいいところっていうかね(笑)。その辺はお客さんにわかってもらえてるのかなってね。
谷 うちなんかね、雨漏りして客席まで水浸しになった時にお客さんに謝ったの。それでも許してくれないお客さんには、料理と同じだけのお金を渡して、近くのフランス料理店に案内したこともある。そういう、ある局面に立たされて痛い目を見ていると、インテリジェンスが身についていくと思う。それをいかに身につけさせるかということだと思う。
大石 最後に、この時代に皆さんが悩まれていることだと思いますが、これからどういうことを考えていけばいいか、お話していただけますでしょうか。
北島 やっぱり「お皿の中にフランスが見えたらいいな」というのが僕のフランス料理に対する夢ですね。あとは、飲食店をやっていると水も熱もたくさん使いますが、ただ流して使うだけではなくて、取っておいて何かに活用できるような、そういうことを頭に入れて仕事をしていただければ、もっと面白いのではないかと思います。熱もそうですね。ただ、漠然と伸ばすのではなく、その熱を捉えて肉に火を入れるとか。素材もそうですね。
田代 私は素材の味を覚える、記憶することから新しい自分の料理が生まれると思います。今日デモンストレーションで作ったソースひとつとっても、卵を感じるか、塩を感じるか、酢を感じるか、味というものは一つひとつ食べて、味を自分のものに取り込まないとわからないんです。あとは、労働時間の考え方。職人の世界で働いているのであれば、長く働いたと考えるより、長く働ける、ものを覚えられる、ということで夢を持つと、苦しみは9割。後の1割は楽しみ。楽しいことの1割というのは9割を超える。そう思うからやってこられたと思います。
谷 僕たちプロフェッショナルの世界では、働き方改革も何もないと思う。全ては「自分のため」。俺は君たちを育てる気は全くないけれど、ただし、水も肥料も陽の光もあげる。でも根腐れする奴は知らない。なんの期待もしていないけれど、でも楽しみにしているから頑張れ。で、みんなのために働け、周りを楽にさせろ。俺もそうするから、君たちに迷惑をかけたくないから、自分のポジションは自分で掃除しろ。で、仕事は自分のために自分に磨きをかけるために費やすということを忘れるな。いつもこう話してます。僕は、ものの考え方を伝えます、
料理は死んだら記憶でしかないからね。テクニックとしては継承できると思うけど、味の継承なんてありえない。だから絶対自分ではさせない。僕のことは超えられないんだよね。だから、その人はその人で考えていくしかないですよ。
photo 花村謙太郎 編集協力 𠮷田佳代
本記事は雑誌料理王国302号(2019年10月)の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は302号発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。掲載されている商品やサービスは現在は販売されていない、あるいは利用できないことがあります。あらかじめご了承ください。