アフターコロナの時代を読み解くキーワードになるか? ローカルガストロノミーの旗手が演出する“ガーデン・ガストロノミー” 


3月28日にシンガポールで発表される2023年版「アジアのベストレストラン50」。10周年を迎えるこのアワードで、世界が注目する日本人シェフのひとりが「villa aida」オーナーシェフ・小林寛司さんだ。ファーム to テーブルやデスティネーションレストランなど「時代の先を読む」と言われる小林さんがシャンパーニュメゾン「ヴーヴ・クリコ」とタッグを組んで提案したのが、いま世界のトップシェフたちが取り組む“ガーデン・ガストロノミー”。今年のフードシーンを予言するようなイベントの模様を振り返る。

上半期と下半期では時代が違うと感じるほど激しい変化を遂げた2022年。まだまだ世界が眠っているようだった前半とはうってかわり、後半に入ると世界のフードシーンはものすごいスピードで目まぐるしく動き始めた。

飲食業界が息を吹き返したいま、オートキュイジーヌの世界を見ると、世界のトップシェフたちに意識の改革があった。ほんの3年前まで寸暇を惜しむように世界を飛び回るジェットセッターだった彼らが、世界的なパンデミックを経て自分たちの地域に根を下ろし始めた。昨夏、筆者が訪れたレストランだけに限っても、フランスの3つ星、モナコの2つ星、イタリアの2つ星、スペインの3つ星など、セレブリティシェフ自身が土に触れ、“ガーデン(自家菜園)”と”ガストロノミー”をかけ合わせた未来について語っていた。
そんなこれからのガストロノミーの未来のひとつとなるかもしれない両者の共存を“ガーデン・ガストロノミー”として掲げたイベント「ヴーヴ・クリコ ラ・グランダム ガーデン・ガストロノミー」が、昨夏日本で開かれた。

主催したのはシャンパーニュメゾン「ヴーヴ・クリコ」。イベント自体はメゾンのブドウ畑があるフランス・ヴィルジニーで2021年にスタートし、日本では初めての開催となる新しいものだ。しかし、実はメゾンの長い歴史とガーデンには深い関係があるという。今から200年以上前、早世した実業家の夫フィリップ・クリコが創設したシャンパーニュ事業を引き継いだヴーヴ(未亡人)・クリコは、最高品質のブドウを栽培すると共に、畑を拡張してガーデンとして野菜を育てていた。現在もヴィルジニーのブドウ畑の隣にはガーデンがあり、“グラン・クリュのブドウにはグラン・クリュの野菜を”をコンセプトに、300種類以上もの野菜がパーマカルチャーで育てられている。

女性醸造家としても女性実業家としても多大なる功績を残し、プレステージ・キュヴェ「ラ・グランダム(偉大なる女性)」の称賛を捧げられたヴーヴ・クリコ。
その世界観を料理で表現する役割を担ったのが「villa aida」オーナーシェフの小林寛司さん。ご存じのように和歌山・岩出で“ガーデン・ガストロノミー”を24年以上にもわたって続けてきた先駆者だ。日本のフードシーンにおいて“ガーデン・ガストロノミー”を表現するのに他に代わりがない唯一無二のキャスティングだろう。

photo : ヴーヴ・クリコ提供

villa aidaの一軒家をぐるりと囲む、さまざまな野菜やハーブがあるがままに育っているパーマカルチャーに基づいたガーデンは日々姿を変え、それがヨーロッパの田舎のオーベルジュを思わせる建物と調和して美しい。世界的に見ても、villa aidaだけでなく世界のトップシェフが手がけるガーデンは、いずれも野菜やハーブを安全に育てているだけでなく、人工的な庭園の造形美とは方向性が異なる、自然をそのまま切り取ったようなナチュラルな美しさを持つという共通点がある。

日本での「ヴーヴ・クリコ ラ・グランダム ガーデン・ガストロノミー」の舞台となったのは北海道・安平町の北海道ホームファーム。日本で唯一ポロ競技ができる広大な敷地の一画に、オーガニックガーデンを備えている。キラキラと降り注ぐ太陽光のなか、青空に映える「ヴーヴ・クリコ」イエローのパラソル。みずみずしい芝生を駆け抜ける馬たち。輪投げやペタンクといったゲームに興じる笑い声。ファームでの収穫体験で感じる野菜の鮮烈な香りと大地のにおい。ヨーロッパの大人たちの洒脱な遊びが再現された。
幸福な昼下がりに寄り添うのは、次々と開けられるシャンパーニュの優美な泡と、大地の味覚を盛り込んだフィンガーフード。誰の料理か知らされなくても、ひと口食べただけで小林さんの味とわかる印象的な風味のレイヤーに、ディナーへの期待が高まった。

「その土地に根ざした季節の食材をあるがままに引き受け、食べ手の心身を健やかに調和する料理へと昇華する」のが小林さんの真骨頂。種から芽、花、実そして土に還るまで野菜の一生を見つめ続け、毎日野菜の顔を見て声を聞きながらその日の最上級な料理を、試行錯誤を繰り返しつつ即興的に創造してきた小林さんならではの料理哲学だ。

photo : ヴーヴ・クリコ提供
photo : ヴーヴ・クリコ提供

「villa aida」のメニュー「和歌山風味」にちなんで「北海道風味」と名づけられたコース仕立ての料理は、すべて「ラ・グランダム」とのペアリングで提供された。
「LA GRANDE DAME 2012」と「じゃがいも 百合根 根セロリ」から始まり「LA GRANDE DAME ROSE 2012」と「トマト ラディッシュ ハーブ 柚餅子」へと続き、誰もが息を呑んだのが、いかにも小林さんらしいこの夜の実質的メインディッシュ「アスパラガスと菜園野菜のアッサンブラージュ」と「LA GRANDE DAME 1990 MAGNUM」のペアリング。

photo : ヴーヴ・クリコ提供
photo : ヴーヴ・クリコ提供

しっかりと実の詰まったジューシーなアスパラガスの甘さの中にあるわずかな苦味。ここに季節の野菜やハーブ、エディブルフラワーで酸味や苦味を加え、野菜のうま味を凝縮した自家製パウダーをまとわせ、仕上げのソースとして振りかけたのはゴーヤのグラニテ。植物がもつ複雑な味わいを、いくつものテクスチャーや温度帯を重ねながら繊細なグラデーションで繋げていくひと皿だ。この世界観を「LA GRANDE DAME 1990 MAGNUM」の芳醇で豊かな味わいがさらに広げていく。1990年は日照時間が長いなど歴史的ないわゆる「当たり年」で、30年以上もの熟成がもたらす香ばしさが特徴だ。野菜料理とシャンパーニュのポテンシャルをまざまざと表現したペアリングだった。

先ごろ「ヴーヴ・クリコ」の畑があるシャンパーニュ地方ヴィルジニーを訪れた小林さん。時を重ねてきたホームであるガーデンをベースに、旅を重ねることで得た異文化への理解を織り交ぜた料理はこの先どう進化していくのか。今、世界は固唾を飲んで見守っている。

text・photo(特記以外):江藤詩文 Shifumy

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